僕の幼馴染が亡くなった……。
同じ高校を受験して、一緒に合格した時はふたりで大いにはしゃいでしまう程喜んだ。
僕と彼女は幼稚園に上がった時からの幼馴染で、元々僕の両親が住んでいた地域に彼女の両親が引っ越ししてきた時からの付き合いがある。
彼女が引越ししてきたのは幼稚園に上がる少し前の事。同じ地域の幼稚園に通う事が決まっていた僕らは、初めて幼稚園の入園式の時に出会った。
それから一緒の公立の小学校、中学校経て、今度は同じ県立の高校へと進学することが決まり、お互いに制服姿のお披露目をした次の日の事だ。
俺、
――はずだったんだけどね……。
『ねぇそのお菓子取ってよ』
「…………」
『聞いてるの鷹平』
「え? あ、あぁ……聞いてるよ。っつうか!! 何で
『えぇ~? 知らないよぉ~。気が付いたらこの部屋に居たんだもん。私の方が聞きたいくらいだよ』
「一週間前に満のお葬式に行ったっていうのに……」
『そっか……来てくれたんだ……』
渋々と満に言われて、テービルの上において有ったお菓子を手に取り、そぉ~っと満に手渡すと、そのままひょいとにっこり笑いながら僕から取り上げて、おもむろにお菓子の袋を破り、中のお菓子をモグモグと食べ始める。
「モノも……食えるのかよ……」
『そういえばそうだね。気にしてなかったわ』
あははははと笑いながらも、お菓子を食べる手を止めない満。
「満……いったい何なんだよ……?」
『そらぁもう……幽霊でしょ!!』
フンスと鼻息荒くも胸を張る満。
――はぁ~……。マジかよ……。本当にあの日のままの満が目の前にいる。そうしてよく笑うし、よく食べるのも僕がよく知っている生前の満のまま。
――これ……オジサンとおばさんには言えないよな……。
『言わなくていいんじゃない?』
「何で考えてる事が分るんだよ!! エスパーかお前は!!」
『いや、幽霊でしょ!!』
「しってるわ!!」
またも俺から大きなため息が漏れた。
大きなため息を吐く俺の横で、ふふふと小さく笑う満。でもその時満がどんな表情をしていたのかを、俺は知らない。
そんな思いもしない早い再会に驚いた日もアリはしたけど、俺の生活は新しい生活環境になったばかりという事もあって忙しい。
満が亡くなった日、それは俺と一緒にいたわけじゃない。いや、正確には一緒にいる予定だったのだけど、待ち合わせしていた場所に満が来なかったのだ。
普段からわりとさっぱりとした性格で、人付き合いも上手く、成績も運動も上位に入る位に優秀だった満だけど、ルールや規則にはかなり厳しくて、横断歩道などで赤信号で止まる際、俺も他の人も車が来てなければ気にせずに渡っていたのだけど、満はぜったに渡る事をしない。
逆にわたっているところを満に見られた日には、その場所でだけじゃなく、家に帰ってからもくどくどとルールの大切さなどを本当にしつこいくらいに話してくる。
途中で飽きて気を逸らすと、更にそのお説教が長くなってしまうので大人しく聞くことにしたのだけど、1時間もの間ずっと話を聞いていたという事もざらにある。
そんな他人にも自分にもルールーや規則に厳しいはずの満が、赤信号で飛び出して車にはねられたと聞いたのは、高校生になってようやく親に買ってもらう事が出来たスマホを手にした二日後の事。
待ち合わせは地元の駅の前。これから高校で必要になるであろう物を一緒に買いに行く約束をしていたのだ。
待ち合わせは午後の1時。
だが30分経っても満がやってくる様子はなかった。
女の子が用意するのに時間がかかるとは知っているけど、それでも1時間、2時間と時間が経つにつれ、俺は不安になり始めていた。
待っている時間も2時間と30分を過ぎた頃、俺のズボンに入れていたスマホが振動した。
「母さん!? ど、どうした?」
『鷹平……』
「え? かぁさん? ど、どうしたんだよ」
待ち合わせの相手が来ない事にイライラと不安が入り交じり、電話に出た俺の声が上ずる。
電話の相手の母さんの声が震えているのを感じ、今度は不安の方が大きくなった。
『満ちゃんが……満ちゃんが……』
「満!? 満が何かあったのか?」
『交通事故にあって病院に運ばれたって、今、円さんのお母さんから連絡が来て……』
「わかった!! すぐに戻る!!」
母さんが最後に何か言っていたけど、それよりも早く俺は会話を切り上げてスマホをタップしズボンのポケットへと仕舞うと、自分の家の方角へと走り出した。
「なんだよ……事故って……なんだよ!!」
いつもは結構な時間がかかる道のはずなのに、この時ばかりは信じられないくらいの速さで家へとたどり着き、け破る勢いのままドアを開けてリビングに入る。
それまで下を向いて泣いていたらしい母さんは、俺の姿を見ると立ち上がり、俺の事をギュッと力強く抱きしめて来た。
『満は!? どうなったの!?』
「…………」
「かぁさん!! 満は何処にいるの!? 無事なんだよね!?」
「……しっかりと聞いて鷹平……」
「な、何だよ!!」
「満ちゃんは……亡くなったそうよ……」
「…………は? い、いま、今何て……?」
「病院に運ばれて、亡くなった事が確認されたって連絡が来たのよ」
「う、うそ……だ。嘘だ!! そんなの信じないぞ!! なんだよ皆で俺の事を騙そうとしてるのか!? あ、わかったぞ!! 満のやつ約束の時間に遅刻したから顔を合わせづらいからって、皆で俺にどっきり仕掛けてるんだろ? そんなの良いから早く出て来いよ!! 怒らないから!!」
「鷹平……。本当の事なの……。もう満ちゃんは……」
「嘘だ!! そんなことあるはずないだろ!! 今日は満と約束してるんだぞ!! アイツが約束を破るなんてことあるはずないじゃないか!! 母さんだって知ってるだろ?」
「……鷹平!!」
途端に母さんが俺を抱きしめる力が強くなる。
「一緒に……病院へ行きましょう……ね?」
「…………、わ、わかった……よ。でも……本当に……?」
「…………」
母さんは俺にだけ分かるように、抱きしめながらもこくりと頷いた。
病院へとたどり着き、通された霊安所の前で満のオジサンとおばさんが二人抱き合いながらお互いを慰めていた。
近付いた俺達に気が付いたオジサンが顔を上げる。
「鷹平君……」
「……中に、満が?」
「あぁ…………」
二人に頭を下げて母さんと中へと入り、静かに横たわっている人の側へと向かう。
なにもいう事無くタダ横になっているその人の顔には、白い布がかけられていて、母さんがソレをそっとめくる。
「っ!?」
「満ちゃん……」
そこに現れた満は、いつも俺に笑いかけてくれるあの笑顔を連想させるように、口角が少しだけ上がったまま、まるで微笑んでいるかのような表情を見せた。
「満……。起きろ。何寝てるんだよ。今日は約束しただろ? ほら買い物に行くぞ。ノートとか文房具とか、新しいバッグを買うって言ってたじゃないか。そんなところに寝てないで、さぁ行くぞ」
「鷹平?」
「どうした満!! お前が約束を破るんじゃねぇ!! ちこくするんじゃねぇ!! それは俺が……俺の得意技だったじゃねぇかよ!! 満はそんな俺の事を怒ってくれるんだろ? なぁ!! お前が……満だけが……黙っていなくなるんじゃねぇ!!」
いつの間にか流れていた涙が邪魔で見えなくなるのも構わずに、俺は満の手を引く為に、満の手を取った。
「あ…………。くそ!!」
手に取った満の手は、力なくそこにただあるだけで、白くそして冷たかった。
『ごめんね鷹平……』
微かにそんな声が聞こえた気がするけど、俺はその満の手を元に戻してその場で泣いた。
満の葬儀が執り行われた時、どうして満が亡くなってしまったのかを物語る証人と、その家族が弔問に訪れた。
証人とは、今年幼稚園に入園する女児で、あの日、近くにある公園で友達とボールで遊んでいる時に、ボールが飛んで行ってしまったのを追いかけている内に道路へと飛び出してしまい、そこに車が突っ込んで来た。
ちょうどその時に、俺と待ち合わせをしていた満が通りかかり、慌てて道路へと救出に向かう。
女児は間一髪で満が押したおかげで擦り傷程度で済んだようだけど、車に正面から当たる形になった満は大量に出血をするほどの怪我を負った。
運転していた車の運転手もすぐに降りてきて、救命措置をしてくれたようだけど、その時に負ったケガが重く、病院に運ばれてすぐに息を引き取ってしまったのだ。
病院へと運ばれる少し前までは、満にも意識が有ってしきりに女児の事を気に掛けていたけど、無事でケガもそれほどしていないと病院の看護師さんに聞くと、「良かった」とひと言を残し、そのまま意識を失った。
満の事だから、最期まで女児の事が心配だったのだろう。そしてあの時、病院で満の顔を見たときの表情は、女児が無事だったことへの安堵でニコリとほほ笑んだ時のままだったんじゃないかと今では思っている。
葬儀も終えて初七日を迎え、円家では静かな日常となり始めていたけど、満を失った悲しみが消える事は無く、ウチの母さんとか父さんと話をする時に、時折切なそうで悲しそうな表情をする時がある。
そんな人たちの様子をただ黙ってみている事しかできなかった俺の元に、あの幽霊が現れたのだった。
「なんでここに居るんだよ?」
『なんでだろうね? 何でだと思う?』
「俺に聞かれてもな……。でも」
『でも?』
「また、満に会えて嬉しいよ」
「っ!? 時々鷹平ってずるいよね!!」
「ずるい? どこがだよ。思った事を言っただけだろ?」
『ほらまた!! そういうとこだぞ?』
「はぁ?」
幽霊となってふよふよと漂う満との会話は楽しい。今までと同じように気安くも和やかな時間が過ぎていくようで、何となく安心する。
「なぁ……」
『ん?』
「いつまで居れるんだ?」
『さぁ? 神様しか知らないんじゃない?』
「そっか……。満さえよければさ……いつまでも……」
『なに?』
「あ、いや、なんでもない!!」
『まぁいいじゃない。いつまで居られるかは分からないけどさ。こうしてまた一緒にお話しできるんだし……』
「そうだな……」
――このままいたい気持ちはある。だけど……。
本当にこのままでいいのかという気持との葛藤に悩む。
そんな穏やかな日も、何も考えていなくても過ぎて行ってしまうのだが、俺と満はその間にも学校の事など色いろと話をして過ごした。
「ただいまぁ……」
「おかえりなさい」
「あ、こんにちは……」
「鷹平君おかえりなさい」
満が亡くなってから一月が経ち、俺達の日々も前と変わらない日常を取り戻し始めた頃、学校から帰って来ると、満の母親が俺のウチに来ていた。
「それでね、満の49日をウチの人の実家でする事になって、そのまま満はそちらのお墓に入る事になると思うのよ」
「あら……じゃぁお二人共に一緒に?」
「そうなの。あの人とも話したんだけど、ここに留まっていたら思い出す事も多くなっちゃうし、いっそのこと向こうで暮らそうかと思って」
「寂しくなるわねぇ。これまで楽しく過ごしてきた分」
「そうね。でも……それが一番いいかなって思うのよね」
母さんとおばさんが話をするのをキッチンから耳をすまして聞いていると、いつの間にか俺の横に満がいた。
「うおぉ!?」
『きゃ!! な、何よぉ』
「び、ビックリさせるなよ!! 珍しいな満が降りて来てるなんて……」
『お母さんの声が聞こえたからね……』
「そっか……」
満は何とも言えない表情のままで、声のする方へと顔を向けている。
「顔、出してみるか?」
『…………いい』
顔をフルフルと左右に振って否定する満。
『そっか……もうすぐ……どうにかしないと』
「何を?」
『えへへ。ないしょぉ~』
ニコッと笑顔を向けてスッとそのまま俺の側から消える満。
「そっか……もうすぐ満ともお別れなのか……」
俺が言うお別れとは、それまではまだ近くのお寺へと預けてあるはずの
――この気持もどうにかしないとな……。
満が亡くなってから、幽霊として俺の側に居てくれる満だけど、俺はそんな満の事が気になっていた。
この日から何故か満の様子がおかしい。
俺がどこかに行こうとするとずっとついてくるようになり、学校へ行くときもどこかへ用事があって出掛ける時も、俺の側から離れない。
さすがにトイレやふろに入る時まで一緒に来ようとする時は止めたけど、何やら満にも思うことが有る様だ。
満の納骨をするという49日まであと4日となった時、学校から帰って来た俺を部屋のベッドに体育座りをしたままの満が迎えた。
「ただいま……」
『……おかえり』
「どうした?」
『うん。ちょっとね……もう少しなんだなって思って……』
「あぁ……」
部屋の壁にカレンダーが貼ってあり、そこに赤い丸で印がしてある。それが満の納骨式の日だ。満のご両親は既に引っ越しをしており、もう住んでいた家には売家の立て札が管理する不動産屋によってたてられていた。
『私ね』
「うん?」
『きっと心残りが有るんだよ……』
「へぇ~ソレって何かわかってるのか?」
『うん。きっとそうじゃないかぁっていうのは有るよ。二つ』
「二つ? 二つもあるのかよ」
『うん。一つは何とか頑張れば叶うかもしれないんだけど、もう一つは望み薄かなぁ……』
「なんで?」
はぁ~っと音は聞こえないけれど、満が俺の顔を見ながらため息をついた。
『そういうとこだぞ?』
「何がだよ!?」
『ふんだ!!』
フイっと顔を背ける満。
――なんだよまったく……。そうか……もうすぐか……。
顔をそむけた満の方を向きながら、俺もどうしようかと迷っていた。
やってきてしまった納骨式の日当日。49日法要の日
その日はどうしても学校へと行く気が起きずに、両親に断りを入れて学校を休んだ。
できた時間で俺は外へと出掛けると、意図したわけではないけど満の家だった場所の前へと到着し、しばらくそのまま立ち止る。
つい先日この家の買い手が見つかったようで、売家の立て札が取り除かれており、家の中を掃除する業者の人達が忙しなく動き回っているのが見て取れた。
――そうか、ここにはもう満たちはいないんだよな……。
業者の人と目が合ったのと同時に、その場を離れるために歩き出した。
向かったのは、二人で通った小学校、中学校、そして試験勉強と受験勉強でお世話になった図書館。
行きつけだった近所のラーメン屋さんで昼食を摂り、その足でまた行く当ても決めずに歩きだす。
そうして立ち並ぶ家々に隠れていくように沈みゆく太陽が、オレンジ色と紫色の狭間を作り出した時、俺は近所にある良く満と遊んだ公園にたどり着いた。
「なつかし……」
小さく感じるブランコも、高くて大きいと思っていたジャングルジムも、滑る順番でケンカした滑り台も今では小さく感じる。
誰もいないブランコの1つに腰を下ろし、沈みゆく太陽を見つめる。
『綺麗だね……』
「あぁ……」
『大きくなったよねぇ私達』
「そうだな。ブランコがこんなに小さいもんな」
声だけでもわかる満が俺の隣のブランコへと現れる。
『ね、鷹平』
「ん?」
『最後に答えて欲しいんだけどね』
「おう……」
『好きな人……いる?』
「……俺は……」
『ま、待って!! やっぱりちょっと待って!!』
「なんだよ」
『えっと!! うん!! そ、そうね!! もう!!』
何やら気合を入れている満。
『私ね!! 私は……鷹平の事が好きだったよ』
「…………」
『よし言えた!! うん!! これで思い残すことは無くなったかな!!』
「嘘つけ……もう一つあっただろうが」
『でも、それはたぶん叶わないと思うから……』
俯く満。
「俺が好きなのは満だよ」
『え?』
「ずっと……たぶん最初に有った時からっ満の事が好きだったんだと思う。ごめんな……こんなに遅くなっちゃって……。俺と付き合ってください」
『…………』
「満?」
『ごめん。ありがとう鷹平。でもそれはできないよ。私はもういないんだし。でも……。えへへ。願いが叶っちゃった』
「そうだよな……。もっと早く……満に……」
『気にしないで……。それは私も同じだから……』
「満……み……ち?」
『もう……お別れみたい。願いが叶っちゃうなんて思ってなかったから、もう少しこのままの姿でいれると思ったんだけどね』
「怖いこと言うなよ。逝くのか……?」
『うん……』
少しずつ満の姿が薄れていく。もう手を伸ばしても触れることが出来ないくらいに。
『ありがとう鷹平。鷹平はもっと後に来るんだよ? 今度は遅れてくることにお説教とか無いからさ。遅刻大歓迎!!』
「バカ言うなよ」
『本当にだよ……。私の分も長く生きて……そしてまた……ね』
「あぁ……。任せろ!! 遅刻すんのも約束破りの俺の得意技だからな!! せいぜい長生きしてやるぜ!!」
『ふふ……じゃぁ……ね』
最後に俺の頬へと顔を近づけてスッと消えて行った。いつも俺にだけしていたあの笑顔のままで。
とうとうこの世界に円満という存在が無くなってしまった瞬間、俺は一人ブランコに座って泣いた。
「最後にらしくない事していきやがって……」
『マーキングだよ』
紫色だった空が暗色に染まりきって、少しだけ温かな風が頬を撫でていく、その風に乗って逝ってしまった満の声が最後に俺にだけ聞こえた気がする。