朝の光が、カーテンの隙間から差し込んでいた。
「よっと」
身体を起こして、ベッドの上であくびをする。高校一年生になって一ヶ月。新しい制服にもようやく慣れてきたところだ。
晴翔は窓から外の景色を眺めて、深呼吸した。日課の準備体操をして、部屋を出る。
廊下に出ると、隣の部屋からは物音一つしない。
登校まであと1時間以上ありはするのだが、色々悩んだ末、晴翔は隣の部屋のドアをノックした。
「お姉ちゃん、起きる時間だよ」
返事はない。
「お姉ちゃん?」
もう一度ノックして、声をかける。それでも反応がないので、仕方なく戸を開けた。
カーテンが引かれた薄暗い部屋の中、布団の中から伸びる一本の腕。そして、枕元に落ちたスマートフォン。目覚ましを止めて、そのまま二度寝したに違いない。
「もう、いい加減自分で起きられるようにならないと」
姉である
「お姉ちゃん、朝だよ。学校、遅刻するよ」
布団を引っ張る。中からくぐもった声が聞こえた。
「うーん...あと五分...」
「うわ。それ、毎回言ってるよね?」
「ほんとに、今度こそ...三分だけ...」
晴翔はため息をついた。姉の天音は、成績優秀で面倒見の良い優等生なのに、朝に弱いという致命的な欠点を持っていた。
「じゃあ、朝ご飯作らないけど?」
一瞬の静寂。
そして——
「作るの、晴翔なの!?」
布団が爆発したかのように跳ね上がり、長い茶色の髪を振り乱した女子高生が飛び起きた。
「今日も母さん、早番なの?」
「うん、メモ貼ってあったよ。『二人とも自分で何とかして』ってさ」
天音は、がっくりと肩を落とす。
「あー、晴翔の料理食べられると思ったのに...」
「いや、作るよ? だから起きないと間に合わないって言ってるんだよ」
姉の目が輝いた。まるで宝石を見つけた子供のようだ。
「本当!? やったー! 晴翔の卵焼き、大好き!」
天音はベッドから飛び降り、廊下へ駆け出そうとした。だが、晴翔は彼女の肩を押さえた。
「着替えてからな」
姉は自分がまだパジャマ姿で、しかも着崩れしていることに気づき、頬を赤らめた。
「あ...うん」
「先に顔洗っておいで。卵焼きと味噌汁作っとくから」
天音は笑顔で頷き、洗面所へと向かった。ドアの前で立ち止まり、振り返る。
「ねぇ、晴翔」
「ん?」
「いつもありがとね」
そう言って、彼女は照れ臭そうに駆け出していった。
晴翔は小さく笑い、階段を下りて台所へ向かった。四人家族の朝霧家。父は出張が多く、母は介護士として早番・遅番がある生活。実質、兄妹二人で生活することも少なくない。
「さて、今日も平和な一日の始まりだ」
冷蔵庫から卵を取り出し、朝食の準備を始める晴翔。今日も変わらない日常が始まる——そう思っていた。
◆◆◆
「お、美味しい! さすが晴翔!」
天音は卵焼きを頬張りながら感嘆の声を上げた。いつもの事だが、姉の素直な感想は悪い気はしない。
「そんなに大げさに褒めなくていいよ。ただの卵焼きだし」
晴翔は照れ隠しに味噌汁をすすった。
「でも本当に美味しいんだもん。あ、味噌汁も最高! 晴翔は主夫になれるよ!」
「主夫かよ...」
そんな他愛もない会話をしながらの朝食。時計は登校時間を指していた。
「そろそろ行かないと」
晴翔が席を立とうとした時、天音が急に思い出したように口を開いた。
「あ、そういえば! 昨日の夜、すごい夢を見たんだ!」
「夢?」
「うん! 私が空を飛べるようになる夢! 屋根の上に立って、ふわって浮いて...すごく気持ちよかったんだよ」
天音は夢の中の出来事を楽しそうに手振りを交えて説明する。
「空が綺麗で、鳥たちと一緒に飛んでいたの。それで、欲しいものを思い浮かべたら、手の中に現れるの」
「何を欲しがったの?」
「えっとね...」
天音は一瞬考え込み、それから少し恥ずかしそうに答えた。
「晴翔の卵焼き...」
「は? 夢の中でも俺の料理かよ」
晴翔は思わず吹き出した。姉は頬を膨らませる。
「だって美味しいんだもん!」
「まあ、夢の中なら何でもありだからな」
「そうそう! でもね、不思議だったのは...」
天音は急に真剣な表情になった。
「夢なのに、すごくリアルだったの。手に広がる感覚とか、風の冷たさとか...今でも覚えてるんだ」
「へえ、明晰夢ってやつかな?」
「なんか、特別な夢な気がして...」
天音はそこまで言って、急に時計に目を向けた。
「あ! もう八時前だよ!」
「だから早く行こうって言ってたんだよ」
二人は慌てて食器を片付け、玄関へ向かった。