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第14話


 思い返せば、我ながら思い当たることは山ほどある。

 困惑の表情を浮かべながらも、腕の中でおとなしくしている凛を見ながら、凌空はそう思った。


『ねぇ、凌空。この間休んだとこがわからなくて、その、教えてもらえる……?』

『いいよ、どこ?』


 凛は一度体調を崩せば、数日寝込むことになることが多い。

 その間に進んでしまった授業内容がわからず、よく凌空を頼っていた。

 そうして、いつ凛に頼られても困ることがないよう、凌空は決して勉強で手を抜くことがなかった。


『凌空、あのね、あれ、運ばないといけないんだけど、重くて1人で運べなくて……手伝って、くれる……?』


 学校の当番等で重い荷物を運ばなければならない時、凛は体力も筋力もないため1人で運べないことが多かった。

 その時に、手伝って欲しいと頼る相手もまた、凌空だった。


『いいよ。俺が運んでおく』

『あっ、半分でいいの。私がやらなきゃいけないことだから、私も半分くらいはちゃんと』

『あれくらい、俺1人で運べる。俺はおまえと違って、鍛えてるんだから』


 凛にいつだってそう言えるよう、常に何かしらスポーツに励んでいた。


 そうして、凛がいつも最初に頼る相手が自分であることが嬉しく、優越感を感じながらも、凛にそのことを悟られたくはなかった。


『ホント、凛って手のかかる妹だよな』


 いつしか、そんな言葉が凌空の口癖になったのだ。


 高校はどこにするのか、それが気になった相手もまた、凛だけだった。

 結芽とは、高校、大学、と進学すれば別々の学校になるかもしれないと思っていた。

 けれど、凛と異なる学校へ進学することは、凌空は想像すらしなかったのだ。


「はぁ、ホント、なんで気づかなかったんだろうな」


 自覚してしまえば、認めるのは非常に容易いことだった。

 凌空は溜息をつきながら、凛を抱く腕に力をこめる。


「凌空?ねぇ、どうしたの?」


 声はどこか沈んでいるのに、腕の力は驚くほど強い。

 凛の困惑は、加速する一方だった。


「やっぱり、どこか、具合が悪いの?」


 凛自身が体調を崩すことはしょっちゅうだったが、凌空や結芽が体調を崩すことはあまりない。

 そのため、いざそういった場面に出くわすと、凛はどうすればいいかわからなかった。


「どうしよう、えっと……」


 返答がないことから、やはり具合が悪いのだと思い、凛はおろおろと辺りを見渡す。

 人を呼ぶべきか、どこかに移動するべきか、必死に考えを巡らせていると、凌空がくすっと笑った。


「大丈夫だ。具合が悪いわけじゃない」


 そう言うと、ようやく凌空の腕が緩み、凛は少しだけ身動きが取れるようになった。

 凛は凌空の腕に両手をつき、ぐっと押すことで、少しだけ凌空と距離を取る。

 ようやく真っ直ぐと見つめることができた凌空の表情は、確かに具合が悪そうには見えなくて、凛はほっと息を吐く。


「凌空、そろそろ……」

「あのさ、凛」


 話し始めたのは、2人ほぼ同時だった。


「な、なに、凌空」


 凛はただ、そろそろ部活へ行こうと誘おうとしただけ。

 たいした用ではなかったので、すぐに話の主導権を凌空に譲った。


「この間言ったこと、訂正していい?」

「え?この間って?」


 いつの何の話かわからず、凛は首を傾げる。


「俺が好きなの、結芽じゃなかったんだ」

「えっ?何、言ってるの!?凌空が好きなのは、結芽でしょ!?」


 凛は信じられないといった表情を浮かべており、それを見て凌空はまた溜息をついた。


「まったく……本人も、幼馴染でさえも気づかないのに、ホント、なんであんな奴に気づかされなきゃなんないんだろうな……」

「あんな、やつ……?」


 再び首を傾げる凛に手を伸ばし、凌空はその頬に触れる。


「俺が好きなのは、凛だったんだよ」


 そう言えば、凛は凌空の予想通り、驚愕の表情を浮かべた。


(そりゃ、驚くよな。俺だって、驚いたし)


 打ち明けるのは今ではない方がよかったのかもしれない、そんな気持ちも凌空にはあった。

 凛に信じてもらえるような状況を整えて、それからちゃんと告白、という形を取るべきだという思いもあった。

 それでも、自覚してしまえば、誰にも渡したくない、早く自分のものにしたい、そんな気持ちが勝ってしまったのだ。


「結芽を、諦めるために、そんなこと言ってるの?」

「違う。信じられないかもしれないけど、俺は本当に凛が好きなんだ」

「凌空、そんな風に嘘つかなくても、私に協力できることなら、なんでもするよ?」


 凛は凌空が結芽を諦めるため、無理に凛を好きになろうとしてるのだと思った。


「嘘じゃねーよ」

「凌空はずっと、結芽が好きだったでしょ?」

「違うんだ、俺はずっと凛が好きだったんだよっ」

「そんなはずないっ、だって、私はずっと、凌空に迷惑かけてばっかりだったもん……っ」


 それは言葉を発した凛本人も驚くほどの、悲痛な声だった。


(これ、私が思ってるっていうよりは……)


 凛はまだ、凌空とそれほど長い時間を過ごしたわけではない。

 だから、きっとこの世界の元の凛の感情なのだと思った。

 そして、それがまるで今の凛の感情であるかのように、凛に流れ込んでくる。


「俺は、迷惑だなんて、思ったことねーよ」


 凌空はまたしても凛を強く引っ張って、ぎゅっと抱き込んだ。


「えっ!?ちょ、凌空っ!」

「知ってるよ、凛がいつもそうやって気にしてんの。でも、俺も結芽もそんなこと、思ってない」


 凌空の優しさも、結芽の優しさも、凛は誰よりもよく知っている。

 だからこそ、何も言えなくて、凛は俯いてしまう。


「俺の言葉、信じられない?」

「ちがっ、違うのっ」


 必死に首を振る凛を見て、凌空は小さくため息をついた。

 凛が凌空を信じていないわけではない、というのは凌空だってよくわかっていた。

 それでも、凛が後ろめたさ感じずにいられないことも理解している。

 この話を続ければ続けるほど、凛を追い詰めてしまいそうな気がしたのだ。


「そろそろ部活行くか」

「えっ?」

「ほら」


 凌空はあっさりと凛を解放し、先に立ち上がって凛に手を差し伸べる。

 凛がまるで流されるかのようにその手を取ると、凌空は強い力で凛を引っ張り上げ立ち上がらせてくれる。


(あ、れ……?こんな風に終わっていい話、してたっけ……?やっぱり……)


 突然ぱたりと話が終わってしまい、凛は首を傾げる。

 重要な話をしていた気がするけれど、こんなに簡単に終わる話なら、やはり真剣な話ではなかったのではないか。

 ただ、凌空に揶揄われていただけなのかもしれない。

 凛がそんなことを、考え始めた時だった。


「俺は嘘ついたわけでも、凛を揶揄ったわけでもねーよ。でも、凛を困らせたいわけじゃないしな」

「あ……」


 まるで、凛の心の中を覗いているかのような一言だった。

 凛のことを考えてくれたからこそなのだとわかると、凛は安易な考えを持ってしまったことが恥ずかしく、また申し訳ない気持ちが溢れてきた。


「ほら、行こうぜ」


 凌空は凛にそう声をかけると、先に歩きはじめてしまう。

 だが、凌空が本当に真剣だったのだ、そう思うと凛はこのまま終わってはいけないような気がした。


「待ってっ」


 呼び止めれば、凌空はすぐに歩みを止め、凛の方を振り返った。


「あ、あのっ、あの……っ、ね、私、凌空のこと、嫌いじゃない、よ……」

「俺も、さすがに嫌われてるとは、思ってないけど」


 嫌われているならば、これほど長い間、幼馴染として何かと行動をともにすることなどできなかったはずである。

 それが恋愛感情ではなくとも、凛からも、結芽からも、何らかの好意を寄せられているからこそ、成立している関係だと凌空は思っている。


「でも、その好きとか、そういうのは、よくわかんなくて」


 この世界の元の凛が、凌空をどう思っていたのか記憶をどれほど辿っても上手く読み取れない。

 仲のよい幼馴染で、兄のように慕ってはいたように思う。

 しかし、そこに恋愛感情まであったのかまでは、わからなかった。

 そして、今の凛にとっての凌空は、大好きな漫画に出てくる、大好きなキャラクター、つまり推しである。

 恋をするほど大好きなキャラクターとはいえ、現実世界の恋愛感情とは、また少し違うような気がした。


「じゃあさ、お試しで付き合ってみる?」

「お試し?」

「そう。それで、凛がやっぱ違うって思ったら、終わり。でも好きだって思ったら、正式に付き合う、どう?」


 それは、凛には魅力的なお誘いだった。

 今までの関係が続くよりも、自身の気持ちをはっきりさせられそうな気がしたのだ。


「凌空は、それでいいの?」

「うん。お試しでも付き合ってる方が、今より意識してもらえそうじゃん」

「へ?」

「その間に、全力で凛を落とせば、好きだって言わせられるかもしれないしな」

「お、落とすって……」


 思いもよらなかった凌空の言葉に、凛は少しだけ狼狽える。

 けれど、誰かと付き合った経験などなかった凛には、お試しでも付き合うという経験をしてみたいという好奇心の方が勝っていた。


「で、どう?」

「条件、追加していい?」

「うん」

「凌空が違うってなっても、終わりにして」


 お試しで付き合うということは、凛が凌空のことを好きだと自覚する一方で、凌空がやっぱり凛に向ける感情は恋愛のそれではなかった気づく可能性だってある。

 凛はやはり、心のどこかで、凌空が本当に好きなのは結芽ではないか、そんな気持ちを捨てられなかったのだ。


「なんねーと思うけど、凛がそれで納得するなら、それでいいよ」

「じゃ、じゃあ、よろしく、お願いします……」

「よろしく。覚悟しとけよ」


 どうするのが正解かわからず、凛はとりあえず握手を求めて手を差し出してみた。

 すると、凌空はその手を引き寄せ、不敵な笑みを見せる。


(凌空ってこんな風に、笑ったりする人だっけ……?)


 漫画で読んだ凌空というキャラクターは、クールであまり笑わない人だった。

 結芽がおかしなことを言った際に、時折笑みをみせるくらいだった。

 けれど、この世界では漫画よりも凌空の笑う姿をよく見ている気がするし、記憶の中の凌空もよく笑っている気がした。


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