「お、れが……凛を、好き……?」
凌空は笑い飛ばしてしまいたいのに、上手くいかない。
その一方で、相変わらず目の前の悠の笑みは崩れていない。
凌空の苛立ちだけは、募る一方だった。
「もしかして、これも自覚、なかった?」
くすくすと笑う悠の声が、妙に耳にまとわりつくような気がして、凌空は顔を顰める。
「凛は、そんなんじゃねーよ。幼馴染で、俺にとっては、手のかかる妹みたいな存在で……」
「凌空は、ずっとそう言い聞かせてきたんだね」
悠がまるで自分の話を聞いていない気がして、凌空はムッとした表情で悠を睨みつけた。
それでも尚、腹立たしいほどに悠の笑みは崩れなかった。
「部活でも、凛が他の部員と接触しないようにしてるだろ?それも自覚なし?」
「それは、凛は……っ」
「身体が弱いから?だからって、他の部員との会話にまで、割り込む必要はないだろ?」
悠も、ともに出かけたからこそ気づいたことだった。
確かに元々、凛に体調を考慮して割り当てられたマネージャーの仕事は、部員との接触が少ないものばかりだ。
部員と何かと接することが多い仕事は、どうしても体力的にきついものが多く、自然と結芽の担当になってしまっている。
しかし、部員の中には、だからこそ凛とコミュニケーションを取ろうと、休憩時間などに声をかける部員もそれなりには居たのだ。
けれども、結局は凌空によって、凛はほとんど他の部員とまともにコミュニケーションを取れていないのだ。
「そうやって、凛に近づく人間を、全部排除してきたわけだ」
凌空はその言葉を、否定しきれなかった。
これまで、せっかく凛と親しくなっても、凛が発作を起こしたり倒れる姿を見て、凛から離れてしまう人間を何人も見てきた。
そして、その度に凛が傷ついた表情を浮かべるのも、凌空は何度となく見てきた。
だからずっと凌空は思ってはいたのだ、それならば、最初から誰も凛に近づかなければいい。
凛の傍には、凌空と結芽だけがいればいいと。
(もしかして、凛に親しい友人ができないの、半分は俺のせいか……?)
意識してそう行動してきたつもりはなかったけれど、思い返せば、凛に近づく人間を排除するような行動も多々あったような気がした。
凛に誰も近づかなければいい、という思いが、しっかりと行動に現れてしまったようである。
「いや、だからって、凛が好きってことにはなんねーだろっ!!」
ただ、幼馴染として過剰に心配し、少しばかり過保護になったにすぎない。
「じゃあ、凛が他の男の子と付き合ってもいいんだ?」
「えっ……?」
「凛が誰かを好きになったら、そいつと上手くいくように、協力してあげるの?」
「んなこと、できるわけ……っ!!」
凌空は、張り上げるように叫んだ自身の言葉に驚愕し、言葉を失った。
(いや、なんでできないんだよっ、結芽にはやってんじゃねーか……)
自分の発した言葉が信じられない。
けれど、咄嗟に叫んだ言葉は、間違いなく凌空の本心だった。
凌空は、凛が結芽のように好きな人ができたと明かしてきたところで、結芽と同様に協力してやれる気がしなかったのだ。
「はっ、はは……っ、ははは……」
凌空は全身から急激に力が抜けるような感覚を覚えながら、乾いた笑い声を漏らした。
最早、笑うしかなかったのだ。
「よかった、凌空がちゃんと自覚してくれて。凌空がライバルだと、勝ち目ないなって思ってたから」
ただ、自嘲気味に笑い続けている凌空は、何の反応も見せない。
その言葉は、もう届いていないかもしれないのに、悠はそれでも言葉を続ける。
「凌空はともかく、凛は凌空と結芽をくっつけようと一生懸命だったし」
言いながら、悠は凛の様子を思い出し、またくすくすと笑う。
「かわいいよね、凛。わかりやすくて」
その一言には、凌空はしっかりと反応を見せた。
もう悠なんか見てもいなかった凌空の視線が、しっかりと悠へと向けられる。
「おまえ、まさか……っ」
「じゃあ、俺、先に体育館に行ってるね」
凌空の言葉をひらりと交わすかのように、悠は凌空に背を向け、ひらひらと手を振って歩きはじめてしまった。
(こいつも、凛のことが……?)
そう思って、すぐさま追いかけようとした凌空の足は、すぐにその動きを止めた。
「いや、あいつ、さっき……」
凌空はぼんやりと聞こえていた、悠の言葉を思い出す。
『凌空がライバルだと、勝ち目ないって思ってたから』
つまり、悠は当初凌空をライバルだと思っていたが、そうではなかったということ。
「ってことは、あいつ、結芽のこと……」
凌空はまたしても、全身から力が抜けていくような気がした。
悠が好きで、凌空に協力を求めてきた結芽と、凌空がライバルとならないよう、わざわざ凛への恋心を自覚させてきた悠。
「あほらし。ほっといても、くっつくんじゃねーか」
凌空は、心底無駄な努力をしてしまった気がしてならなかった。
すぐ傍にあった木にもたれかかるようにして、凌空はずるずるとその場に座り込んだ。
「凌空、大丈夫?どこか具合悪いの?」
あれからどれくらい時間が経ったのか、凌空にはわからない。
しかし、そろそろ部活に向かわなくては、そう思った時、凌空の頭上から声が降ってきた。
「えっ!?凛!?」
「わっ、何!?そんなに、驚かなくても……」
頭上を見上げた凌空は、声の主が凛だとわかると、非常に驚いた様子で大きな声を出す。
そこまで驚かれると思っていなかった凛もまた、その声の驚き、思わず一歩後ずさってしまう。
「悪い、ちょっと考えごとしてて。おまえ、なんでここに?」
「あ、その、悠に聞いて……」
それは、遡ること、ほんの数分前のことである。
凛は偶然、1人先に戻ってきた悠に気づき、声をかけた。
『凌空は、一緒じゃないの?』
つい先日、発作を起こすところを見られてしまったばかり。
もしかしたら、もう以前のように話してはくれないかも、そんな不安を抱えながらも。
しかし、悠はにこやかな笑みを浮かべて、答えを返してくれて凛はほっとした。
その答えには、少々疑問が残ったけれど。
『うん。向こうで、凛に来て欲しいって思ってるはずだから、迎えに行ってあげてよ』
『え?私に?』
『うん』
そうして、凛は首を傾げながらも、悠に言われるがままに凌空を探しに来たのである。
「悠が、そんなことを?」
「うん。やっぱ、変だよね。凌空がそんなこと、思ってるわけないし」
凌空はしばし考える素振りを見せた後、凛に手を差し出してきた。
きっと立ち上がるのを手伝えという合図なのだと思った凛は、自身の手を凌空へと差し出す。
しかし、凌空はその手を握ると驚くほど強い力で凛を引っ張り、凛はそのまま凌空へと倒れこんでしまう。
「え?ちょ……っ、凌空!?」
凌空はそのまま、力いっぱいぎゅうっと凛を抱き込んでしまい、凛は身動きが取れなくなってしまった。
「凌空?どうしたの?何?」
凌空の行動が理解できず、凛の頭の中ははてなマークでいっぱいだった。
「なんで、今まで気づかなったんだろうな……」
ぽつりと凌空が呟いたそんな言葉も、凛の中のはてなマークを増やすだけだった。