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第15話


 それは、凛と凌空がお試しで付き合うことになった日の、帰り道のことだった。


「あ、結芽、俺と凛、付き合うことになったから」


 なんてことないことのように凌空がそう言い、凛はぎょっとした。


(そりゃあ、結芽に隠す必要なんてないけど、もっとちゃんと報告した方がいいんじゃ……)


 凛も結芽には話そうと思っていた。

 けれど、どういう場面でどう話すべきか、あれこれ考えて悩んでいたのだ。


「ふーん」


 結芽もまた、なんてことないかのような返事だった。


(え?こんなもの?付き合うって、すごい特別なことだと思ってるの、もしかして私だけ……?)


 たとえお試しといえど、一大事だと考えていた凛がすっかり拍子抜けしそうになった時だった。


「え!?ちょ、今、なんてっ!?」


 まるで、その内容を遅れて理解したかのように、結芽が驚きの声をあげた。


「だーかーらー、俺と凛、付き合ってんの」

「嘘っ!?なんで!?いつからそんなことに!?」

「今日からだよ」

「いつの間にそんな話したの!?私知らないっ!!」

「ちょ、結芽、落ち着いて……っ」


 告げたのは凌空なのに、驚きのあまり声をあげた結芽が詰め寄ったのは、凛だった。

 凛の両肩をがっしりと掴んだ結芽は、どういうことなんだと言わんばかりに凛の身体をがくがくと揺さぶる。

 しかしながら、それが非常に見慣れた光景であった凌空は、特にそれを気にする様子などなかった。


「ま、付き合ってるって言っても、お試しだけどな」

「お試し?なんでまた……」


 結芽が視線で問いかけたのは、やっぱり凛だった。


「ど、どっちかっていうと、私のため、かな……私が、その、よくわかんないから……」


 未だ結芽に揺さぶられながらお、凛はなんとか言葉を発した。

 すると、ようやく結芽の手が離れ、凛はほっと息をつく。


「ふーん。ってことは、やっぱり凌空から告白かぁ……」

「やっぱり?」


 その一言に妙にひっかかりを覚えたのは凛だけではない。

 何も言わないが、凌空も気になったのか、その視線は自然と結芽を凝視する。


「だって、凌空はいつも凛が一番大事でしょ?」

「そ、それは、私はその……身体が弱いから、じゃない?」

「えーっ、凛ってばずっとそう思ってたの!?凌空、こんなにわかりやすいのに」


 凛と凌空は思わず顔を見合わせた。

 だって、凛はずっと凌空の好きな人は結芽だと信じて疑っていなかったし、凌空もまたつい先ほどまで凛を好きだなんて自覚していなかったのだ。


「ゆ、結芽はさ、その……凌空が私のこと好きだって、思ってた、の……?」

「うん。もちろん。でも、こんなわかりやすいのに、やっぱ凛は気づいてなかったか」


 凛どころか、凌空本人さえも気づいてなかったのだけれど、それは凛からも凌空からも語られることはなかった。


「凌空の過保護は、凛が身体が弱いからってだけじゃ、説明つかないって」


 そう言ってからからと笑う結芽を見て、凛と凌空はまたしても顔を見合わせた。

 こほん、とその場の空気を変えるように、わざとらしく凌空が咳をした。


「ってわけで、凛と正式に付き合えるように、おまえも俺に協力しろよ」


 凛はぎょっとしたように凌空を見た。


(そ、それ、私の前で言う!?)


 結芽だって同じことを凌空に頼んだのだ。

 内容をとやかく言うつもりは、凛にはない。

 だが、それを当事者の前で言う人は少ないのではないかと凛は思った。

 しかし、この場でそれを気にしているのは凛だけであり、言葉を発した凌空はもちろん、結芽でさえそれについては気にしていないようである。

 もっとも、結芽については他にもっと気にするべきところがあったから、なのかもしれないが。


「え?なんでよ?」

「俺は、協力してやってるだろ」

「そうだけど、なんかやだっ。凛を凌空に取られちゃうじゃん」

「別に元々おまえのじゃねーだろ」

「私が一番仲いいもん」


 ぎゅーっと結芽が凛にしがみつく。

 それを見ているだけで、凌空はなんだかイラっとした。

 確かに女子同士、結芽と凛の方が仲が良いのかもしれないと思わないでもない。

 しかし、凛と積み重ねてきた時間は凌空だって負けていないと思っている。

 安易に一番仲がいいと言われるのは、なんだか納得がいかなかった。


(でも、逆だったら気にしなかったかもな……)


 もしも、凛が結芽と一番仲がいいのは自分だと主張したところで、凌空はきっとそうだなと肯定して終わっただろうと思った。

 あらためて、凌空は本当に結芽より凛が好きだったのだと、思い知らされるようだった。


「だから、私は凌空じゃなくて、凛に協力するっ」

「え?私?で、でも、私はあんまり結芽に協力とかできてないし……」


 積極的に凌空に協力してほしい、と思っているわけでもないけれど、さすがにちょっと凌空が不憫な気がしたのだ。

 だが、それもまた凛だけがそう感じているようで、凌空はそうでもないらしい。


「その方がいいか。俺が凛に変なことしそうになったら、その時は全力で止めてくれ」

「それなら任せてっ!!おもいっきりぶっ飛ばすから」

「ちょっとは手加減しろよ……」


 本当に遠慮なく力いっぱいぶっ飛ばされる未来が容易に想像できる気がして、凌空はため息をついた。

 それがなくとも、結芽がそんなことをしなければならないような事態を招くつもりは、決してないのだけれど。


「え?待って、それでいいの?」

「いいんじゃね?」

「うん、問題なしっ!」


 凌空は結芽と悠が上手くいくように協力しているのに、結芽は結局凌空には協力しない。

 それなのに、取引成立とでもいわんばかりに満足気な2人の様子に、凛だけがただただ首を傾げていた。






 ああ、また原作で見たエピソードだ。

 目の前の光景に、凛はそう思った。

 凌空と悠がバスケ部に入部して、はじめて経験するレギュラーを決める日。

 紅白戦を行ったり、ドリブルやシュートなどバスケの様々なスキルを見るテストを行ったり。

 そうして総合的に判断して、レギュラーメンバーを決めるのだ。


「凌空ならレギュラーになれちゃったりして」

「1年がレギュラーになるのは稀なんだろ、さすがにねーよ」


 こんな結芽と凌空の会話も、凛が漫画で読んだのと全く同じであった。


「で、でも、凌空は中学の時も、1年でレギュラーになっちゃったし、可能性あるんじゃない?」


 凛はついそう言ってしまった後、ハッとする。


(しまった、結芽のセリフ、取っちゃった)


 本来なら、結芽が言うはずの言葉だった。

 その時のエピソードを思い出してたがゆえに、続くセリフもしっかりと思い出していた凛は、ついそれを言ってしまったのだ。


「そうそう、凌空なら可能性ありそう」


 結芽の同意を受け、自身のセリフで大きくエピソードから逸れるような事態は避けられたと感じ、凛はほっとした。


「おまえらな、サッカーはレギュラー11人もいる上に、うちの中学は超弱小で部員数も少なかったんだ」


 凌空が入部した時は1年も加えなければ、まず11人揃えられないくらい少なかったのだ。

 もっとも、凌空が2年に上がる頃には、凌空の評判もあって部員数はかなり増えたりもしたのだが。


「バスケは5人なんだぞ。しかも、部員数は2、3年だけでも結構いる。なのに未経験の1年が選ばれるかよ」


 原作の漫画の中でも、凌空は同様のことを言っていた。

 凌空自身、バスケ部に入部するまで、体育の授業くらいでしかバスケの経験がなかった。

 なので謙遜などではなく、本気で自分が選ばれるわけないと思っているのだ。


(でも、選ばれちゃうんだよね……)


 1年の中で、中学でバスケ経験があるのは悠ただ一人。

 これまた謙遜など欠片もなく、凌空はバスケのスキルだけで言えば圧倒的に悠が上だと思っている。

 けれど、悠はいかにもこの前まで中学生だったと言わんばかりに、この時はまだ身長が低かった。

 一方で凌空は1年にしては身長も高く、運動神経はよいので全体的に身体能力が高い。

 そこが評価され、1年で唯一のレギュラーに選出されるのだ。

 結果誰よりもそのことに驚くのが凌空で、悠はどこか予想していたかのようだったけれど非常に落ち込む。

 そんな悠を結芽が元気づけることで、2人の距離が縮まる、そんな大事なエピソードでもあった。


(もう、2人の邪魔する必要は、ないんだよね……)


 凛は未だ凌空が自分を好きだなんて信じられない思いもあったけれど、凌空が結芽を好きなわけではないというのは確かなようだと感じる。

 そうなれば、凛も凌空と一緒に大好きな結芽の恋を応援したい。


(なりゆきを見守ってれば、2人はちゃんと付き合えるよね)


 原作の最終話では、ちゃんとハッピーエンドを迎えた2人である。

 凛というイレギュラーな存在がいるとはいえ、その凛が原作の流れを邪魔さえしなければきっと2人は上手くはずだ。

 だから、決して原作から大きく離れるような行動は起こさないようにしよう。

 当初とは変わり、今の凛はそう考えるようになっていた。

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