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大学から戻った美咲は、郵便受けに挟まっていた一通の手紙を取り出した。
宛先を見た瞬間、またかと思う。
『さいとう 久美 さま』
この部屋には、そんな名前の人は住んでいない。
差出人は『さいとう さくら』という幼い文字だった。
住所は書かれておらず、切手には消印もない。まるで誰かが直接入れているかのように、ひっそりと届く手紙だ。
彼女はため息をつきながら封筒を開け、淡いピンク色の便箋を取り出した。
――
『おかあさんへ
おげんきですか。さくらはげんきです。
きょうはようちえんで、おゆうぎをしました。
さくらはうさぎさんになりました。せんせいにじょうずだとほめられました。
おともだちもいっぱいできました。
でも、おとうさんはおしごとがいそがしいみたいで、あまりあそんでくれません。
さくらはごはんをひとりでたべるときがあります。
おとうさんはときどきおこります。さくらがわるいこだからだとおもいます。
さくらはいいこにしています。だからはやくあいにきてください。
さくらより』
――
美咲は読み終えると、少しだけ胸が苦しくなった。
幼い子供が、母親に会いたくて手紙を送っている。それなのに、なぜか美咲のところに誤配され続けている。
どこかに届けようかと迷うが、住所も消印もない手紙を、どう処理していいのか分からなかった。
「……可哀想に」
そう呟いて、美咲は机の引き出しを開け、前回の手紙の上にそっと重ねて置いた。
その時、ふと下腹部が妙に疼いた気がした。
違和感はすぐに消え、美咲は疲れだろうと気にも留めずに夕食の準備を始めた。