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第2話

 ◆


 翌日、大学の授業を終えてアパートへ戻ると、美咲の視線は無意識に郵便受けへと向かった。


 案の定、小さな封筒が一通、差し込まれているのが見える。


「また来てる……」


 淡い胸騒ぎを覚えつつ封筒を手に取る。昨日と同じ、『さいとう 久美 さま』宛ての手紙だった。


 差出人もやはり、『さいとう さくら』。


 美咲は足早に部屋に入り、落ち着かない気持ちで封を切った。


 ──


『おかあさんへ


 きょうもさくらはげんきです。

 きょうはえほんをよみました。

 うさぎさんがおかあさんといっしょにおやつをたべるおはなしです。

 さくらはそのえほんがだいすきです。


 おともだちのまいちゃんのおかあさんが、ようちえんのおむかえにきてくれます。

 さくらはとてもうらやましいです。


 おとうさんに、おかあさんはいつくるの? とききました。

 でもおとうさんはこたえてくれません。

 ちょっとこわいかおをしました。


 さくらがおかあさんにあいたいといったら、おとうさんがおこりました。

 おおきなこえでした。


 さくらがわるいこだから、おとうさんはおこるのです。

 さくらはもっともっといいこになります。

 だから、おかあさん、はやくむかえにきてください。


 さくらより』


 ──


 読み終えた美咲の心に、鈍い痛みが広がった。


 幼い子どもの精一杯の願いが詰まった手紙。母親を恋しく思う子どもの言葉が胸に刺さる。


「お父さん、なんで怒るのかな……」


 美咲は小さく呟く。さくらの状況が心配になりながらも、何もできない自分に苛立ちを覚えた。


 しかし、それより気にかかるのはなぜこの手紙が自分の元に届くのかということだ。


 封筒を裏返してもう一度確かめる。


 やはり、差出人の住所はない。消印もなく、まるでこの部屋を知っているかのように毎日届けられる。


「不気味……」


 その時だった。


 突然、下腹部に軽い圧迫感を覚えた。お腹を押さえてみると、ほんの少し張っている気がした。


 食べ過ぎた記憶もない。気のせいだと思うが、それでも違和感は確かにあった。


「疲れてるだけだよね……」


 美咲は自分に言い聞かせるように、深呼吸をひとつした。


 それからそっと、今日の手紙を引き出しにしまう。

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