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第3話

 ◆


 その日も大学から戻った美咲を待っていたのは、郵便受けからはみ出した見覚えのある白い封筒だった。


『さいとう 久美 さま』


 これで三日連続だ。昨日までは不安を感じつつも放置していたが、さすがに不気味すぎる。


 美咲は手紙を封も開けずバッグにしまうと、そのまま急いで近所の郵便局へと向かった。


 夕方の小さな郵便局には数人が並んでおり、窓口に立った局員の中年女性は、淡々と美咲の説明を聞いていた。


「あの、この手紙、宛名が違うんですけど、三日も連続で私のところに届いてしまって。差出人も住所がないので返せないんです。どうすればいいですか?」


 美咲が差し出した手紙を手に取り、局員の女性は首をかしげる。


「消印もありませんね……これ、郵便局を通していない可能性が高いですよ」


「郵便局を通していない?」


「ええ、直接あなたの家の郵便受けに投函しているんじゃないでしょうか?」


 美咲は言葉を失った。誰かが直接、自分のアパートに届けている? 一体なぜそんなことを。


「それでは、こちらでは対処のしようがありませんので。警察に相談された方が良いかもしれません」


「あ……はい」


 美咲は曖昧に頷き、郵便局を後にした。警察に相談、と言われても、果たして何を相談すればいいのだろう。誰かが手紙を入れること自体は犯罪でもない。だが、確かな違和感が彼女を覆った。


 夕闇がアパートを包むころ、部屋に戻った美咲はため息をつきながら封筒を開いた。


 ──


『おかあさんへ


 さくらはきょうもげんきです。

 でもちょっとだけ、げんきじゃないです。


 おなかがいたくなりました。きのう、おとうさんがつよくおなかをおしました。

 さくらがわがままをいうからです。

 さくらがわるいこだから、おとうさんはおこるんだとおもいます。


 でも、きょうはごめんなさいをしたので、おとうさんはやさしくしてくれました。

 おかあさん、さくらはもっともっといいこになります。

 だから、はやくあいにきてください。


 さくらより』


 ──


 美咲は手紙を読むうちに、息が詰まるような息苦しさを覚えた。幼い子供がこんな目に遭っていると思うと、たまらなく心が痛んだ。


 同時に、郵便局員の言葉が頭をよぎる。


 郵便局を通さず、誰かが直接届けている。


 つまり、この手紙を書いている『さくら』か、あるいは『さくら』に関係する誰かが、意図的に自分の部屋を選んでいるということだろうか。


 考えれば考えるほど混乱する。なぜ自分なのだろう。


 不安と焦燥が美咲の中で渦巻き、ふと下腹部に手を当てる。


 明らかに昨日よりも張っている気がした。まるで何かが内側からゆっくりと膨らんでいるかのようだ。


「なんで……?」


 ひとり呟いた美咲の声は、誰もいない部屋の中で虚しく消えた。

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