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翌日の夕方、いつものように大学から戻った美咲は、郵便受けに差し込まれた見覚えのある白い封筒に気づいて足が止まった。
胸の奥で嫌な予感が広がる。
もう開けたくない、と内心では思いながらも、手が勝手に封筒を掴んでしまう。
部屋に戻るとバッグを放り出し、深呼吸をして覚悟を決めるように封を切った。
──
『おかあさんへ
きのう、さくらはわるいことをしました。
ごはんをたべるのがおそかったので、おとうさんがおこりました。
さいしょはおおきなこえでした。
でもさくらがないたら、おとうさんはもっとおこりました。
おとうさんにほっぺたをたたかれました。
いたかったです。とてもいたくてないてしまいました。
さくらがわるいこだからです。
でもないたらもっとわるいことだと、おとうさんはいいました。
きょうようちえんで、せんせいにほっぺたのことをきかれました。
さくらはころんだといいました。
ほんとうのことをいったら、もっとおとうさんがおこるかもしれないとおもったからです。
おかあさん、さくらはもっともっといいこになります。
だから、はやくあいにきてください』
──
美咲は手紙を持ったまま、立ち尽くした。
「……そんな」
幼い子が父親に殴られ、それでもなお自分が悪いのだと思い込もうとしている。さくらの怯えた姿が、美咲の頭に鮮明に浮かんだ。
しかし、自分には何もできない。そもそも、さくらがどこの誰なのかさえ分からないのだ。
「警察に……いや、でも住所も分からないのに……」
混乱と無力感が美咲を飲み込む。自分に何かができるはずもないのに、責任のようなものが重く圧し掛かってきた。
その時、突然、腹部に鋭い痛みが走った。
「あっ……!」
思わずしゃがみ込んで腹を押さえる。数秒間、その場から動けず、呼吸を整えるまで時間がかかった。
お腹の痛みはすぐに収まったが、今度はまるで自分がさくらの痛みを共有してしまったかのような気味の悪い感覚に襲われた。
手紙を震える手で机の引き出しにしまい、美咲はうずくまるようにしてベッドに横たわった。