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第6話

 ◆


 翌朝になっても、美咲の気分は晴れなかった。


 昨夜の腹痛は嘘のように静まり、下腹部の膨らみも目立たなくなった気がしたが、不安だけは消えなかった。


 机の引き出しからこれまでの手紙を取り出し、それらをバッグに入れると、美咲は大学を休み、近所の警察署へ向かった。


 受付で事情を説明すると、応対してくれた中年の警察官は不思議そうな表情をしたが、一応話を聞いてくれた。


「なるほど……宛先違いの手紙が何度も届いて、それが虐待を示していると?」


「はい。差出人の住所も名前も、消印すらなくて……」


 警察官は一通ずつ丁寧に目を通したが、その顔には困惑の色が浮かんでいる。


「うーん、確かに気になる内容ですが……住所や具体的な身元が分からないと、なかなか動きづらいんですよね……」


「でも、この子、明らかに虐待されていると思うんです」


「ええ、それは私もそう思いますが、これだけでは手がかりが少なすぎて」


「指紋とか……何か調べられないんですか?」


「ええ、ただ、この内容だけでは事件性が不明確でして……個人の事情かもしれませんし、いたずらの可能性も否定できませんから」


 いたずらという言葉を聞いて、美咲は強い不快感を覚えた。


「でも……」


「気になるようでしたら、引き続き手紙を保管しておいてください。また何かあればご相談いただければと思いますので」


 その言葉は、つまり何も動かないということだと美咲は理解した。


 署を出ると、やりきれない思いが彼女を支配した。街を行き交う人々がひどく遠く感じる。


 部屋に戻ったのは夕方だった。郵便受けに手紙はなかった。なぜか少し安心する。


 ベッドに横たわり、ぼんやり天井を眺めていると、不意に腹部に手をやった。昨日までとは違い、ほとんど痛みはない。張りも和らいでいる。


「ストレス……?」


 医者の言葉が頭をよぎる。すべて自分の気のせいなのだろうか。


 だが、美咲は深層では理解していた。これは単なる気のせいではない。あの手紙が、自分の身体に何かを引き起こしている──あり得ないことだが、そんな予感が消えない。


「さくらちゃん……」


 美咲は小さく呟き、目を閉じた。目を閉じると、さくらが殴られている情景がはっきりと浮かんできて、彼女の胸を締め付けた。


 美咲はもう一度強く目を閉じ、それを必死に振り払おうとした。

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