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その日、美咲が大学から帰宅したのは、ちょうど陽が傾きかけた頃だった。郵便受けを開けると、中にはチラシや公共料金の請求書と一緒に、白い小さな封筒が一通だけ入っていた。
(誰だろう……?)
手に取ってみると、封筒には『さいとう 久美 さま』という宛名が書かれていた。
「あれ、宛名が違う」
差出人は『さいとう さくら』。消印も住所もなく、誰かが直接届けたような封筒だった。
部屋に入った美咲は、小さく首を傾げつつも、何かヒントがあるかもしれないと封を開ける。中からは可愛らしい便箋が出てきて、美咲の口元が思わず緩んだ。
「かわいい……」
便箋の端々には、クレヨンで描いたらしい小さなウサギやネコの絵が添えられている。美咲は少し安心したような笑顔で便箋を広げ、その内容を読み始める。
──
『おかあさんへ
げんきですか? さくらはげんきです。 でも、まいにちおかあさんがいなくてさみしいです。
ようちえんのおともだちは、みんなおかあさんがおむかえにきます。 さくらのおかあさんはどこですか? さくらもおかあさんといっしょにかえりたいです。
おかあさん、さくらにあいにきてください。 ずっとずっとまっています。
さくらより』
──
読み終えた美咲はわずかに切なくなる。
「きっとかわいい子なんだろうな……」
美咲は便箋に描かれた動物の絵を優しく指でなぞりながら、小さく呟いた。
「私がお母さんなら、こんなふうに寂しい思いはさせないのに」
美咲は丁寧に便箋を折りたたむと、もう一度封筒に戻した。そして引き出しの隅にしまい込み、そのまま日常の生活へと戻っていった。