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講義が終わって時計を見るともう17時を過ぎていた。
私は急いでスマホを取り出し、美咲にLINEを送る。
『美咲、講義終わったよ。これからそっち行くね。何か食べられそうなもの買ってくけど、リクエストある?』
メッセージは送信されたが、既読はつかない。
よほど具合が悪いのか、寝ているのか。
少し心配になりながらも、私は美咲のためにコンビニに寄ることにした。
消化に良さそうなものを中心に、レジカゴに次々と放り込んでいく。
ゼリーやお粥、温かいお茶のペットボトル、それにヨーグルトもいくつか。カゴを持ってレジへ行くと、店員が『お見舞いですか?』というように穏やかな笑顔を向けてきた。
私は少し照れくさくなって曖昧に笑い返した。
アパートに着く頃には空が薄暗くなり始めていた。
街灯の明かりがぼんやりと道路を照らしている。
私は美咲の部屋の前に立ち、再びスマホを確認するが、まだ既読になっていない。
少し不安がよぎりながらもインターホンを押した。
──反応がない。
「美咲? いる? 私だけど」
今度は軽くドアをノックしたが、やはり何の応答もない。
体調が悪くて寝込んでいるのだろうか。もしかしたら、スマホも見る余裕がないのかもしれない。
ふと、胸の中でざわりとした不安が大きくなっていく。
(鍵は閉まってるよね……)
心の中でそうつぶやきながら、私は恐る恐るドアノブに手をかけた。ゆっくりと力を入れると──
カチャリ、と意外なほど簡単にドアが開いた。
「美咲……?」
その瞬間、「うっ」と私は思わず呻いた。妙な匂いが鼻を突いたからだ。
何か生臭いような、それでいて錆びた鉄のような──。
私は一歩後ずさりそうになったが、玄関口に視線を落とすと、美咲のお気に入りのシューズがきちんと並べられていた。
つまり彼女は確実に部屋の中にいるということだ。
「美咲……? 大丈夫……?」
恐怖と不安で声がかすれながらも、私はゆっくりと室内に足を踏み入れていった。
電気が消えている。
カーテンも閉まっており良く見えない。
寝ているのだろうか?
しかし寝息一つしない。
心臓が高鳴り、喉がカラカラに乾いていく。
「電気、つけるよ……?」
私は手探りでスイッチを探し、それらしきものを押す。
そして、全身を硬直させた。
「きゃあああああ!」
私は絶叫し、その場に立ち尽くした。
悲鳴が止まらない。
信じたくない。
美咲は、美咲は。
(了)