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最終話

 ◆


 講義が終わって時計を見るともう17時を過ぎていた。


 私は急いでスマホを取り出し、美咲にLINEを送る。


『美咲、講義終わったよ。これからそっち行くね。何か食べられそうなもの買ってくけど、リクエストある?』


 メッセージは送信されたが、既読はつかない。


 よほど具合が悪いのか、寝ているのか。


 少し心配になりながらも、私は美咲のためにコンビニに寄ることにした。


 消化に良さそうなものを中心に、レジカゴに次々と放り込んでいく。


 ゼリーやお粥、温かいお茶のペットボトル、それにヨーグルトもいくつか。カゴを持ってレジへ行くと、店員が『お見舞いですか?』というように穏やかな笑顔を向けてきた。


 私は少し照れくさくなって曖昧に笑い返した。


 アパートに着く頃には空が薄暗くなり始めていた。


 街灯の明かりがぼんやりと道路を照らしている。


 私は美咲の部屋の前に立ち、再びスマホを確認するが、まだ既読になっていない。


 少し不安がよぎりながらもインターホンを押した。


 ──反応がない。


「美咲? いる? 私だけど」


 今度は軽くドアをノックしたが、やはり何の応答もない。


 体調が悪くて寝込んでいるのだろうか。もしかしたら、スマホも見る余裕がないのかもしれない。


 ふと、胸の中でざわりとした不安が大きくなっていく。


(鍵は閉まってるよね……)


 心の中でそうつぶやきながら、私は恐る恐るドアノブに手をかけた。ゆっくりと力を入れると──


 カチャリ、と意外なほど簡単にドアが開いた。


「美咲……?」


 その瞬間、「うっ」と私は思わず呻いた。妙な匂いが鼻を突いたからだ。


 何か生臭いような、それでいて錆びた鉄のような──。


 私は一歩後ずさりそうになったが、玄関口に視線を落とすと、美咲のお気に入りのシューズがきちんと並べられていた。


 つまり彼女は確実に部屋の中にいるということだ。


「美咲……? 大丈夫……?」


 恐怖と不安で声がかすれながらも、私はゆっくりと室内に足を踏み入れていった。


 電気が消えている。


 カーテンも閉まっており良く見えない。


 寝ているのだろうか? 


 しかし寝息一つしない。


 心臓が高鳴り、喉がカラカラに乾いていく。


「電気、つけるよ……?」


 私は手探りでスイッチを探し、それらしきものを押す。


 そして、全身を硬直させた。


「きゃあああああ!」


 私は絶叫し、その場に立ち尽くした。


 悲鳴が止まらない。


 信じたくない。


 美咲は、美咲は。


(了)

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