俺の人生は社会人になってからというもの下り坂一直線だ。就職活動に失敗してブラック企業に入社する羽目になり五年以上付き合っていた彼女にも振られるなど散々だ。大学を卒業してから何一つとして良かった事なんてない。
「……今日も会社に泊まりか。まあ、いつも通りだけど」
俺は壁にかけられていた時計の時間を見てそうつぶやいた。もうそろそろ終電の時間だが仕事は全くと言って良いほど片付いていない。元々残業は異様に多い会社だったがここ最近は特に飛び抜けている。
「主任になんてならなきゃ良かった」
二十六歳で主任に昇進するというのは他の企業でもありふれた話だと思うがうちの会社は他のそれとは全く違う。うちの会社では主任から管理職扱いのため残業代が一切つかなくなる。
そのため平社員の時には一定時間以上は残業時間としてカウントされなかったとはいえ一応貰えていた残業代が一銭も入らなくなり実質的な月の手取りは減ってしまっている始末だ。
その上他の企業では課長クラスがするような部下の案件進捗管理や育成を自分の業務と同時並行で全て行うため残業時間は大幅に増えている。
そのせいでここ一ヶ月の平均睡眠時間は三時間を下回っており家にも数回しか帰れていない。常に睡眠不足と疲労の状態が続いているため先日の貴重な休みの日に行った病院の先生からはそんな生活を続けていたら過労で死ぬ可能性があるとまで言われた。
「俺の人生どこで間違ったんだろうな」
間違いなく言えるのはこんなクソみたいなブラック企業に入社してしまった事だろう。大手病を患っていた俺は身の程知らずにも就職活動初期に上場している有名な企業しか受けなかった。
全ての企業に落ちてからまずいと思い始めたがもう既に時遅くまともな企業の求人は全て締め切られていたのだ。そこから大慌てで他の会社を受け大学四年生の一月にようやく内定が出た今の会社に入社するしか選択肢は残っておらず、その結果が今の惨状に繋がっている。
「それでもまだ入奈がいたから何とか頑張れてたんだけどな」
元カノである
結婚も視野に入れて同棲までしていたがある日突然俺は入奈にこっ酷く振られてしまう。理由を聞いても何も教えてくれなかったが入奈は冷めた目をしていたので多分愛想を尽かされたのだろう。そこから俺の人生は完全に真っ暗だった。
「こんな事を考えても時間なんて巻き戻るはずないのに」
とりあえず今すべき事は目の前にある業務の処理だ。昨日は一睡もしていないため今日寝れないのは流石にしんど過ぎる。そんな事を考えながらプリンターに溜まっている書類を取りに行こうとするが何故か上手く立ち上がれず床に倒れ込んでしまう。
「……あれ……体が上手く……動かない」
だんだん視界が暗くなり始め息苦しくなってくる。救急車を呼ばないと本能的にまずい事を悟ったが体の自由がきかないためもはや何もできない。
だんだん意識が薄れると同時に過去の記憶が鮮明に次々と脳裏に蘇り始める。あの頃は大変な事も色々とあったが本当に楽しかったな。高校時代の記憶を最後に俺の意識は完全に途絶えた。
◇
「……あれ、いつの間に実家に帰ってきたんだろ」
目覚めると見覚えしかない天井が目に入ってきた俺は思わずそうつぶやいた。ここ最近実家には全然帰ってきてなかったので本当に久々だ。しばらくボーっとしていた俺だが頭が覚醒するにつれて自分が非常にまずい状況である事に気付く。
「やばい、完全に遅刻じゃん!?」
そもそも昨日は仕事が全く終わっておらず会社に泊まる気満々だったはずなのに何で俺は実家にいるんだよ。会社に連絡しないと非常にまずい事になるため慌てて電話しようとするが、枕元に置かれていたスマホを手に取った瞬間違和感を覚える。
「……ん、これ俺のスマホか?」
持った時の重さや手触りが違ったため手に取ったスマホを見るとそれは何世代も前の機種だった。確か俺が高校入学の時に親から買って貰ったものと一緒だ。そんな事を考えているとスマホに何かの通知が来て画面が明るくなる。
「何で昔の西暦が表示されてるんだよ……?」
西暦だけでなく日や月もめちゃくちゃだ。俺は困惑しつつひとまず指紋認証でロックを解除してみる。するとスマホのロックはすんなりと解除された。
「あれっ、このホーム画面の壁紙って……」
某RPGゲームに登場するヒロインの壁紙は俺も設定していた記憶がある。確か父さんに高校入学祝いのスマホを買って貰った直後に設定したはずだ。
そんな事を考えているうちにスマホがスリープモードに移行し画面が暗くなる。暗くなった画面に反射した俺の顔は明らかにアラサーのそれではない。
「えっ!?」
そう、そこに映っていた顔は高校生の頃の俺と瓜二つだった。パニックになった俺だが一周回って冷静になりようやく昨晩の事を思い出す。そして一つの結論に辿り着く。
「……もしかして俺死んだのか?」
自分でもめちゃくちゃな事を言っている自覚はあるがそうとしか思えない。最初は死ぬ間際に見る走馬灯の一種かとも思ったが頬をつねったら痛いしカーテンから差し込む日差しには暖かさがあった。
「そっか、あれだけ無理して働いてれば流石に過労死もするよな」
多分俺は漫画やラノベではおなじみの転生をしたに違いない。違うところをあげるとするならば異世界ではなく過去の自分に転生した事だろう。あの医者が言っていた事は正しかったようだ。そんな事を考えていると部屋の扉が勢いよく開かれる。
「中々来ないと思ったらまだ制服に着替えてなかったのね、早くしないと入学式に遅刻するわよ」
「えっ、入学式!?」
最後に会った時よりもかなり若い母さんを見て過去に戻ってきた事を確信する俺だったが入学式という単語を聞いて思わず声を上げた。
「何をそんなに驚いてるのよ、もしかしてまだ寝ぼけてる?」
「い、いや。そんな事はないぞ」
「じゃあさっさと支度して朝ごはんを食べたら行きなさい」
母さんはそう言い残すと部屋から去っていく。どうやら今日は高校の入学式の日らしい。よりにもよって何でそんな日に逆行転生するんだよ。