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第3話 別に私の事は入奈で構わないって言ったと思うが

 二回目の高校生活が始まってから今日で二週間目がスタートしていた。最初の頃はこれが全部夢で目覚めたらアラサーのブラック企業サラリーマンに戻っているのではないかとドキドキしていたがそんな事は無かったため今では心配していない。


「なあ、佐久間。この間あった復習テストの結果はどうだったんだよ?」


「国語と英語は良くて、数学はそこそこだったけど理科と社会がボロボロでめちゃくちゃ悪かった」


「えっ、そうなのか? 理科はともかく社会は得意科目だったはずだろ」


「……春休みに遊びすぎて内容をほとんど忘れたんだよ」


 とりあえず俺はそう言って誤魔化す。入学式の翌日に中学生の復習テストがあった訳だが、中身が二十六歳の俺は暗記が中心の社会と理科の内容を全く覚えていなかったため点数は壊滅的だったのだ。

 国語と英語に関しては元々得意だった事もあり特に問題なく、数学は意外と公式を覚えていたため平均点くらいは何とか取れた。


「そういう島崎はどうなんだ?」


「俺はどの教科も全体的に良かった」


「そう言えば昔から島崎は勉強だけは出来る奴だったもんな」


「なんか今の発言にめちゃくちゃ悪意を感じた気がしたんだけど気のせいか?」


「気のせいだろ」


 最初の数日は俺の体感的に島崎と長年疎遠だった事もあってどんな感じでコミュニケーションを取るべきか測りかねていたが今は上手い感じで付き合えている。

 ただし周りのクラスメイト達よりも精神年齢が十歳上という事もあって今の俺の価値観とは釣り合わない事が多々ある。

 ただし今の俺はアラサーのサラリーマンではなく高校一年生の佐久間有翔だ。だからその辺りは周りから怪しまれないためにも慣れるしかないだろう。もっとも俺の中身がアラサーのサラリーマンだと気付くやつはいないと思うが。


「じゃあ俺は部活に行くから」


「ああ、大丈夫だとは思うけどあんまり距離を詰めすぎて嫌われないようにしろよ」


「分かってるって」


 そう言い残して島崎は教室から出て行った。ちなみに島崎は前世と同じく漫画研究部に入った訳だがその目的は部活紹介をしていた先輩に一目惚れしたという理由だったりする。

 さっき島崎にあんな事を言って揶揄ったがあいつはめちゃくちゃ奥手なので多分自分から距離を詰めるような事は出来ないと思う。それにその先輩は他の学校に彼氏がいるはずなので島崎の恋が叶わない事は残念ながら確定している。


「まあ、辛い経験も人生の糧になるからな」


 俺も高校時代や大学時代に様々な失敗をしてだんだんと成長していった訳だし。そんな事を思いながら靴箱に向かっていると見覚えのある顔が目に入ってくる。


「やあ、有翔」


「……こんにちは氷室先輩」


「別に私の事は入奈で構わないって言ったと思うが」


「女子を名前呼びするのには慣れていないので」


「なるほど、それもそうか」


 俺に話しかけてきたのは前世の元カノである入奈だった。俺と入奈は同じ高校の先輩後輩という関係だが付き合い始めたのは俺が大学一年生の時だ。

 そのため前世の高校時代では話した事すら無かったのだが、今世では入学三日目から関わるようになってしまった。そのきっかけとなったのは昼休みの購買だ。

 うちの学校の購買の人気商品は早い者勝ちのためよく押し合いになる。その日は特に激しかったため俺は押し出されて倒れてしまった。そんな時たまたま購買にいた入奈が俺に手を差し出して助けてくれたのだ。

 辛い記憶を思い出してしまうため本当は入奈とは関わるつもりはなかった。だからこんな形で関わるようになるとは思ってすらいなかった事は言うまでもない。


「ところで今日はこの後暇だったりするか?」


「特に予定は無いですけど」


「じゃあちょっと買い物に付き合って欲しいんだが」


「俺でいいんですか? 友達とかと行った方が良い気がしますけど」


「実は従兄弟の誕生日プレゼントを探しててな、男子の意見が欲しかったんだよ」


 本当は断りたかったが助けてもらった手前邪険には出来なかった。それに俺が今話しているのは氷室先輩であって元カノである入奈ではない。だから買い物に付き合うことにした。

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