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第13話

目的地のショッピングセンターでは当初の予定どおり、まず映画を観る。


「ポップコーン、どうする?」


「あー。

映画のあとはすぐにごはんですよね?

ポップコーン食べると入らなくなっちゃうんで……」


キャラメルポップコーンの甘い匂いが誘惑してくるが、我慢、我慢。


「んー、わかった」


猪狩さんが頷き、一緒に列に並ぶ。

すぐに順番が来た。


「コーラと……」


彼が視線で私に聞いてくる。


「私もコーラで」


「コーラ二つとキャラメルポップコーンのSで」


「ペアセットにしたほうが同じお値段でポッポコーンのサイズがMになってお得ですが、いかがですか」


すかさず店員さんが笑顔で勧めてきた。


「いえ、Sサイズで大丈夫です」


「かしこまりましたー」


つい、猪狩さんの顔を見上げていた。


「ん?」


視線に気づき、彼が不思議そうに私を見下ろす。

こういう場合、元彼の上司はお得だと勧められれば迷わずサイズアップしていた。

そして食べきれなくて「こんなに食えるかよっ!」とキレるまでがワンセットだったのだ。


受け取った飲み物とポップコーンを手に、開場したシアターへと向かう。


「同じ値段でサイズアップは魅力的だが、残して捨てたらもったいないしな」


歩きながら猪狩さんは私の疑問に答えてくれた。


「でも、持って帰れますよ?」


「これから買い物とかするのに、邪魔だろ」


さらりと彼が言ってくる。

こういうところ、本当に格好よくて好感度が高いなー。


「あ、ひなも食っていいからな」


席に座り、私も取りやすいようにポップコーンを置いてくれる。


「ほんとは食いたいんだろ、ポップコーン。

昼メシに影響しない程度に食ったらいい」


「うっ。

ありがとうございます」


さすが、私のお兄ちゃんというか。

十八年もブランクがあっても私の考えなんてお見通しなのか。


映画は思っていたよりもどきどきする展開だった。

私はかなりのめり込んで観ていたけれど、警察官が犯罪者側の人間だったのは猪狩さん、どんな気持ちで観ていたんだろう?


「面白かったな」


シアターを出て彼の第一声がこれだった。

猪狩さんも楽しめていたみたいで、ほっとする。


「はい、すっごく面白かったです!」


「なら、よかった。

とりあえず、メシな」


お手洗いを済ませ、一緒にレストラン街へと向かう。


「なに食う?」


猪狩さんと並んで入っているレストラン一覧が表示されているあんなにの前に立つ。


「そうですね……。

いつも居酒屋か定食屋なので、パスタとかどうですか?」


「じゃ、こことかどうだ?」


彼が指したのはちょっとお洒落なイタリアンだった。


「あ、いいですね」


「了解。

じゃ、ここで」


さりげなく私の背中を押し、彼が歩くように促す。

お店には迷わずに着いた。

休日だがお昼には少し遅い時間だったのもあり、さほど待たず案内される。

席に着いて猪狩さんは私のほうへと向けてメニューを開いてくれた。

いつもそう。

メニューは私のほうへ向けてくれる。


「ううっ。

パスタは外せないけど、ピザも美味しそう……」


しかし私のお腹の容量ではふたつは無理なのだ。


「ピザは俺とシェアすればいいだろ」


「うーん、でも……」


彼はそう言ってくれるが、ピザが半分になったところで入るかどうか怪しい。


「パスタ。

スモールサイズ、あるってよ」


彼の指がメニューを指す。

そこには麺の量が選べると書いてあった。

だったらいけそうかな?


「ひなが食べられない分は俺が食ってやるから心配するな。

ほんとはサラダも食いたいんだろ」


「うっ」


なんでそんなことまでわかっちゃうんだろう。

猪狩さんはエスパーなのか!?


結局、ピザとパスタ、それにサラダを頼んだ。

パスタは私はスモールサイズ、猪狩さんはレギュラーサイズだ。


「映画。

滅茶苦茶面白かったんですが!」


注文も済み、ようやく一段落して興奮気味に感想を話す。


「まさか、あの警察官が内通者だなんて全然思わなくて!

いい意味で裏切られたっていうか!」


「あれはほんと、意外だったよな。

親友を心配していいヤツじゃん!ってずーっと思ってたらアイツが一番、ヤバいヤツだったとかさ」


猪狩さんも熱気冷めやらぬという感じで、しかも同じように思っていて嬉しくなった。


「ほんとですよ。

あれが一番、びっくりしましたー」


はぁーっと息をつき、熱い身体を冷やすように水を飲む。


「でも、警察官が犯罪者って同じ警察官として複雑じゃないですか?」


ちらっと彼の反応を上目でうかがった。


「んー、現実の警察官にも犯罪者はいっぱいいるからな。

先週も証拠品横領で検挙されたし」


猪狩さんは笑っているが、そうしかできない気持ちはわかる。


「それにまあ、フィクションだしな」


それはそうなんだけれど。


「じゃあ、フィクションと現実の違いって気にならないんですか?

こういうときはそうならないんだけどなー、とか」


「フィクションはフィクションだし、似て非なる警察の話だとして楽しんでるよ。

だいたいさ、ドラマとか現場に刑事が出張ってきてあれこれやってるけど、実際はほとんど現場になんか行かないからな」


「えっ、そうなんですか?」


それこそ意外だ。

実際もドラマみたいに捜査しているんだとばかり思っていた。


「殺人現場にあんな大勢人間が入ったら、それこそ現場を踏み荒らして証拠もなにもないからな。

だいたい刑事は現場に指示出して、署で膨大な書類処理に追われてる」


「へー、そうなんだー」


これはちょっと、貴重な話が聞けたかも。

でも、これだけ詳しいって。


「猪狩さんってもしかして、刑事さん?」


「ん?

刑事では、ない」


ふふんと意味深に彼が笑う。

そういえば昨日、部下さんに〝隊長〟って呼ばれていたし、刑事ではないか。

猪狩さんのお仕事ってなんなんだろう?

気になる、けれど聞かれたくないのなら詮索しない。


「あー、でも、フィクションでも殉職はちょっとくるものがあるなー」


少しつらそうに彼が顔を歪める。

立てこもりの現場にSITの隊員が突入し、亡くなるシーンがあるのだ。

もしかしたらあそこに、仲間か――それとも自分を重ねていたのかもしれない。


「やっぱり、同じ警察官が死ぬのは嫌ですよね」


「まあな。

凶悪犯罪はそうそうないけど、それでも死と隣りあわせの仕事には変わりないし」


平和そうに見える町のおまわりさんだって三ヶ月ほど前、コンビニ強盗に刺されて亡くなっている。

猪狩さんのお仕事ってそういうものなのだ。

改めてそう気づいて、身体が震えた。

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