「文化的ギャップ。――まあ、そうだな。なにより最初は言葉が不自由だったな。今となっては造作もないことだが」
「突然、異世界に飛ばされた日には、すごく苦労しそうだ」
「それは大事件だな」
わりと小説やアニメの中だと、よくありそうな大事件である。フィクションだとありふれていると言わざるを得ない。
「話を戻すよ。僕はばかばかしいと思うが、頭の古い連中の中には、植物食をなるべく避けようとする考えもある」
「あー、なるほどね。ちなみに昔の日本は、食肉を避ける文化だったよ」
「それはかなり野蛮だな、野菜ばかり食べるのか」
「それを君が言うのか。いや、魚や鳥は認められていたから、それを食べてたんだよ。魚が一般的だったかな」
「へえ、随分と中途半端な考えなんだな」
「たしか宗教的な理由だったんだ、動物の殺生を禁じるとかで」
「植物はいいのか、変な考えだな」
「だから、君がそれを言うのか」
サラダをばりばり食べるエルフに、言われたくないところである。
でも、この考えからいくと、いろいろと面白いことが考えられる。
たとえばエルフからしてみると、ベジタリアンなんて相当な野蛮人に違いない。
ダメだしをしている割に、ファルグリンは異文化に興味深そうだった。
「この国の宗教に関する話も面白そうだな、実のところエルフでも一部の僧は完全に植物食を禁じている」
「それは……大変だな」
「ああ。実際に行うのは、かなりの苦行だな」
そういいながら、ファルグリンは抹茶ドリンクを飲み始めた。
抹茶ドリンクは、人間でいう牛乳に当たるのか。それともステーキジュースみたいなやばい飲み物になるのか、はたまた豚骨スープ的なものになるのか。ちょっと面白い。
そうだ、豆乳は? 豆乳はどの立場に当たる?
思考が逸れそうだった。私はエルフ文化についての話題に戻る。
「えと、エルフは『始まりの大樹』を信仰してるんだっけ」
「信仰というか……基本的には『それ』になるのを目指すのが、僧だな」
「『それ』って?」
「大樹になるんだ。エルフの僧は、『始まりの大樹』と同じものに変化しようとする」
「エルフが木になるの?!」
「何が不思議なんだ?元がそうなんだ、難しいが成れないこともないさ」
はじめて聞いた話だった。
「大樹を目指す僧は、植物を断つ。それに対する欲を捨てるんだな」
「じゃ、家畜の肉でも食べるの? 牛とか、ブタとか」
「……僧に言わせれば、人間の文化で一番野蛮なのは、木を伐採することでも、野菜を育ててサラダを食べることでもない。家畜を育てることだぞ」
「え、なんで?」
「動物を育てるのに、餌に大量の植物を消費するだろうが」
「ああ、なるほど」
飼料までは発想に至らなかった。
と、なるとベジタリアンはエルフのなかでアリなのか、ナシなのか。考えるのに困るところである。
「って、あれ? それだと食事がままならないんじゃ?」
「自然の中で生きるのが、エルフの僧だ。狩りをするのさ」
「あ、それっぽい」
「ぽい?」
「狩りの名手って、エルフっぽい」
「……今時、そんなことをしているのは、大樹に寄り添って生きてる連中だけだがな」
「そういうものか」
「お前たちだって、普段から狩りをしてるわけでもないだろう」
「うん、そうだね」
こうやって、抹茶パフェ食べてるくらいだもんな。
「その理屈で行くと……畑で野菜を育てて食べるのは、わりとエルフとしてはありなのか」
「全部がありという訳じゃないかな。人間でいうと、家畜を食べる程度の概念に当たるんじゃないか。かといって……ああ、少なくともこの国だと、たぶん犬や猫はあまり食べないだろう?」
当のエルフであるファルグリンは、自信なさそうに言った。いや、自信もって欲しい。犬猫を食べる文化はない。
「あー、なんか基準がはっきりしないね。どの野菜が犬や猫なのか、私にはまるでわからないし」
「……僕だって、別に全エルフを代表してるわけじゃないから、はっきり説明しきれないことだってある」
「そりゃそうだ」
至極まっとうなことを言われてしまった。
私だって、全人類や日本人を代表しているわけでもなかった。
人間の文化だって地域差があるものだし、考え方だってそれぞれ違う。
きっとファルグリンと話をした内容だって、大樹に寄り添うエルフや、僧たちに直接聞いてみれば、きっと違った見方が返ってくるはずだった。
「でも、文化背景や価値観を理解すると、確かに和風スイーツは罪深いね」
「ああ、背徳的な快感をもたらしてくれるともいえる」
変態か、このエルフ。