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第2話 エルフ流、罪深き食文化論

「文化的ギャップ。――まあ、そうだな。なにより最初は言葉が不自由だったな。今となっては造作もないことだが」

「突然、異世界に飛ばされた日には、すごく苦労しそうだ」

「それは大事件だな」


 わりと小説やアニメの中だと、よくありそうな大事件である。フィクションだとありふれていると言わざるを得ない。


「話を戻すよ。僕はばかばかしいと思うが、頭の古い連中の中には、植物食をなるべく避けようとする考えもある」

「あー、なるほどね。ちなみに昔の日本は、食肉を避ける文化だったよ」

「それはかなり野蛮だな、野菜ばかり食べるのか」

「それを君が言うのか。いや、魚や鳥は認められていたから、それを食べてたんだよ。魚が一般的だったかな」

「へえ、随分と中途半端な考えなんだな」

「たしか宗教的な理由だったんだ、動物の殺生を禁じるとかで」

「植物はいいのか、変な考えだな」

「だから、君がそれを言うのか」


 サラダをばりばり食べるエルフに、言われたくないところである。

 でも、この考えからいくと、いろいろと面白いことが考えられる。


 たとえばエルフからしてみると、ベジタリアンなんて相当な野蛮人に違いない。

 ダメだしをしている割に、ファルグリンは異文化に興味深そうだった。


「この国の宗教に関する話も面白そうだな、実のところエルフでも一部の僧は完全に植物食を禁じている」

「それは……大変だな」

「ああ。実際に行うのは、かなりの苦行だな」


 そういいながら、ファルグリンは抹茶ドリンクを飲み始めた。

 抹茶ドリンクは、人間でいう牛乳に当たるのか。それともステーキジュースみたいなやばい飲み物になるのか、はたまた豚骨スープ的なものになるのか。ちょっと面白い。

 そうだ、豆乳は? 豆乳はどの立場に当たる?


 思考が逸れそうだった。私はエルフ文化についての話題に戻る。


「えと、エルフは『始まりの大樹』を信仰してるんだっけ」

「信仰というか……基本的には『それ』になるのを目指すのが、僧だな」

「『それ』って?」

「大樹になるんだ。エルフの僧は、『始まりの大樹』と同じものに変化しようとする」

「エルフが木になるの?!」

「何が不思議なんだ?元がそうなんだ、難しいが成れないこともないさ」


 はじめて聞いた話だった。


「大樹を目指す僧は、植物を断つ。それに対する欲を捨てるんだな」

「じゃ、家畜の肉でも食べるの? 牛とか、ブタとか」

「……僧に言わせれば、人間の文化で一番野蛮なのは、木を伐採することでも、野菜を育ててサラダを食べることでもない。家畜を育てることだぞ」

「え、なんで?」

「動物を育てるのに、餌に大量の植物を消費するだろうが」

「ああ、なるほど」


 飼料までは発想に至らなかった。

 と、なるとベジタリアンはエルフのなかでアリなのか、ナシなのか。考えるのに困るところである。


「って、あれ? それだと食事がままならないんじゃ?」

「自然の中で生きるのが、エルフの僧だ。狩りをするのさ」

「あ、それっぽい」

「ぽい?」

「狩りの名手って、エルフっぽい」

「……今時、そんなことをしているのは、大樹に寄り添って生きてる連中だけだがな」

「そういうものか」

「お前たちだって、普段から狩りをしてるわけでもないだろう」

「うん、そうだね」


 こうやって、抹茶パフェ食べてるくらいだもんな。


「その理屈で行くと……畑で野菜を育てて食べるのは、わりとエルフとしてはありなのか」

「全部がありという訳じゃないかな。人間でいうと、家畜を食べる程度の概念に当たるんじゃないか。かといって……ああ、少なくともこの国だと、たぶん犬や猫はあまり食べないだろう?」


 当のエルフであるファルグリンは、自信なさそうに言った。いや、自信もって欲しい。犬猫を食べる文化はない。


「あー、なんか基準がはっきりしないね。どの野菜が犬や猫なのか、私にはまるでわからないし」

「……僕だって、別に全エルフを代表してるわけじゃないから、はっきり説明しきれないことだってある」

「そりゃそうだ」


 至極まっとうなことを言われてしまった。

 私だって、全人類や日本人を代表しているわけでもなかった。


 人間の文化だって地域差があるものだし、考え方だってそれぞれ違う。

 きっとファルグリンと話をした内容だって、大樹に寄り添うエルフや、僧たちに直接聞いてみれば、きっと違った見方が返ってくるはずだった。


「でも、文化背景や価値観を理解すると、確かに和風スイーツは罪深いね」

「ああ、背徳的な快感をもたらしてくれるともいえる」


 変態か、このエルフ。

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