「第一章:転入初日、いきなり波乱
――制服を見た瞬間、私は静かに絶望した。
「ちょっと待って、これ……ブレザーじゃなくてセーラー服なの?」
「うんっ! 可愛いでしょ? あたし、テンション上がってます!」
元気よく返してくるのは、私の相棒・真田真子。
同じく
だが見た目は正反対。彼女は小柄で童顔、制服が完璧に似合っている。ツインテールまで揃えて、本人もノリノリだ。
一方の私は――服部倉子、24歳。長身、落ち着いた顔立ち、言うなれば大人の色気が出始めてる系。
「いや、無理あるでしょこれ。誰がどう見てもコスプレよ」
「先輩、言い過ぎっスよ~。むしろ似合ってますって! 昭和の女学生って感じで!」
「……褒めてるの? それ」
私は鏡の前で、セーラー襟のリボンを結び直しながら、深くため息をついた。
「ねえ、これってさ、もし道ですれ違った人に『AVの撮影ですか?』って言われたら、私はどう返せばいいの?」
「……“殺されたいのかしら”って睨めば黙ると思います」
「それ、自分の命で保証してくれる?」
「うわ、ごめんなさいっ!」
任務は今日から。護衛対象は氷室財閥の一人娘・氷室澪、16歳。
数件の不可解な事故が彼女の周囲で起こり、父親が極秘で私たちを学校に送り込んだ。
澪と同じクラスに転入し、自然なふりをして護衛を行う。つまり――制服姿で、女子高生として振る舞わなければならない。
(……本当にやるの、これ)
* * *
始業式の朝。
校門をくぐると、視線が一斉にこちらに向けられた。
そして、その視線が明らかに私と真子で温度差があるのを、私は痛いほど感じる。
「あの子、かわいくね? 転校生?」
「その隣……え? あれも生徒? いや、どう見ても先生じゃ……」
「え、保健室の先生が制服着て遊びに来たとか?」
「うわ、それAVで見たことあるやつだわ」
殺気混じりの視線を向けると、男子たちは一斉にそっぽを向いた。
「おはようございます、先輩っ!」
明るい声とともに、真子がぴょこぴょこと隣に並ぶ。
「だから“先輩”って言うな。今日からは同級生でしょ」
「でも心の中ではずっと先輩っスよ?」
「……“先輩”って口に出してる時点でアウトなのよ」
制服のスカートをそっと引っ張り下げながら、私は覚悟を決めた。
(いざ、地獄の転入日)
* * *
ホームルーム。
私たちが教室に入ると、空気がピタリと止まった。
(予想通りね……)
注目の視線が集まる。ざわざわという小声が飛び交い、担任の水無瀬先生(21歳・社会人1年目)は緊張で声が裏返っていた。
「えーっと、新しい仲間が二人、転入してきました! ……自己紹介、お願いしますっ」
私は前に出て、無駄に注目を浴びながら簡潔に頭を下げる。
「服部倉子です。よろしくお願いします」
一拍の沈黙の後――
「……おばさんじゃん」
唐突に教室の空気が張り詰めた。
「……まだ24よ!」
思わず口を突いて出た言葉。
その瞬間、クラスがざわざわと騒がしくなる。
「マジで24?」
「えっ、やばくね?」
「いやいや、それもうおばさんじゃん」
どこからともなくため息が漏れ、クスクスと笑いも起こる。
「ま、待ってください!」
水無瀬先生が慌てて割って入った。
「服部さんは……あの、病弱で、15歳から9年間休学していたんです!」
「……え、じゃあ本来は同い年だったんだ?」
「でも9年ってすごくね? 社会出てるやん」
「もはや“人生の先輩”で草」
私は笑顔ひとつ見せず、静かに席へ戻る。
「うーん、ちょっと“年齢”は言わない方がよかったかもっスね~」
真子が隣でこっそり囁いてくる。
「……だから学校で“先輩”言うなって言ったのよ」
「でも先輩、怖い顔してても美人だからセーフっス!」
「褒めてるのか煽ってるのか、どっち?」
騒ぎの中、席に挟まれているのが――
護衛対象、氷室澪(16歳)。
完璧な姿勢、美しい顔立ち、控えめな目線。それなのに、表情だけがぎこちない笑顔を貼り付けている。
(どうしましょうこの状況)
彼女の心の中の声が、全力で叫んでいた。
(誰か大声でツッコんでよっ!! 年齢的に無理ありすぎでしょ!)
こうして、“女子高生に見えない二人”による潜入護衛生活が、波乱の幕開けを迎えたのだった。