二日目にして地獄を見る二人
二日目の朝。氷室澪は、いつも通り自宅の玄関を開けた。
だが、見慣れた黒塗りの高級セダンと運転手ではなく、制服姿の大人の女性がふたり、車の前で並んで立っていた。
「おはようございます、お嬢様」
「おはようございまーす♪」
微笑むのは、昨日転校してきた謎の“女子高生”二人――
実は澪を護衛するため、
「本日より、通学時の送迎は私たちが担当いたします」
倉子が免許証を差し出し、真子は満面の笑みでドアを開ける。
「どうぞ♪」
澪は思わず眉をひそめた。
「え……あの、倉子さんが運転を……?」
「ご安心ください。免許は取得済みですし、年齢も――すでにバレておりますから」
(いや、それバラしたの自分ですから!)
思わず心の中でツッコミを入れる澪。
さらに車に乗り込む瞬間、彼女はもう一つの重大な懸念を抱えていた。
(いやいやいや、制服姿で運転してるの、どう見ても不審者でしょ!?
警察に止められない方が奇跡なんですけど!?)
セーラー服を着たまま高級車のハンドルを握る24歳――
そのビジュアルがどれほど世間の常識から逸脱しているか、澪は本気で心配になった。
そしてその日は、まだ始まったばかりだった。
* * *
午前の授業はなんとか無難に過ぎていった。
が、昼休みを終えたあとのチャイムが鳴った瞬間、担任の水無瀬先生が明るく言い放った。
「はい、次は体育の時間ですよー!」
教室中がざわつく中、倉子と真子の顔がピクリと引きつった。
更衣室に移動して体操服を受け取ったとき、倉子は声を失った。
「……これ、まさか……」
手にしたのは、白のTシャツと青いブルマ。
令和の時代に絶滅したはずのそれが、まさかの現役で支給されたのだ。
「嘘でしょ……今どこも短パンでしょ!? なんで!?」
「なにこの文化財みたいな装備!? あたしたち博物館行きっスか!?」
二人は完全にパニックだったが、着替えないわけにもいかない。
その後のグラウンドで、地獄は現実となった。
24歳、ブルマ姿。
太もも全開。風を感じる。さらなる羞恥の嵐。
グラウンドに立つ倉子は、ひとこと。
「……体育、男女別なのが、せめてもの救いね……」
「うん……男子に見られてたら、魂が抜けてたッス……」
体育は50メートル走だった。だが本当の試練は、“走ること”ではなかった。
走れば揺れる。風が巻く。ブルマが食い込む。
「風が……直接……っ!!」
「太ももが丸見えなのに全力で走るって、羞恥プレイでしかないッス!」
それでも、なんとか授業を終えた二人は、ずるずると足を引きずりながら更衣室へ戻る。
「……終わった……私の尊厳、消えた……」
「記憶から削除したい……SPにこんな苦行があるなんて聞いてない……」
だが、地獄の終わりは、まだだった。
「ねえ、真子……この学校って、体育……週何回あるの?」
倉子が更衣室でぼそっと尋ねる。
それに気づいたクラスメイトが、軽く答えた。
「ん? 体育? 週に3回だよー。月・水・金!」
「……」
沈黙。
倉子の肩が、ピクリと震えた。
「……週、3回……?」
「うっそ……まさかの高頻度……」
ドサッ。
二人同時に崩れ落ちる。
「三回もこれ着るとか、死ぬ……!!」
「なにこの拷問……生き地獄ッス……!!」
この時、屋上でぐったりと日陰に座る二人の表情は、まるで魂を抜かれた抜け殻だった。
「ねえ……真子……私たちの任務って……お嬢様が卒業するまで、だよね……?」
「うちの会社、そう言ってました……」
「……ってことは、あと……三年……?」
「……ブルマ生活三年……?」
二人の視線が空に溶けていく。
そして同時に――
「三年もあったら途中で死ぬってば!!」
夕暮れの空に、ふたりの魂の叫びがこだました。
こうして、二人の“女子高生護衛任務”は、二日目にして早くも生存限界ラインに突入したのだった――。
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