:最後のセーラー服と春の空
「……この制服、ほんと着慣れちゃったな」
「うん。最初は“この歳でセーラー服!?”って思ったのにね……もう違和感ないわ」
濃紺のスカートに、白いラインの入ったセーラー襟。
どこからどう見ても“普通の女子高生には無理がある二人”――
ただし、中身は立派な26歳の社会人女子。
アイドルでもなく、コスプレイヤーでもない。現役の警備員だ。
今日は、華月学園の卒業式。
車の後部座席には、いつもと同じ並びで座る三人。
主である澪と、護衛任務の倉子と真子。
学校の規定により、校内では常に制服着用。
制服での出席は今日が最後になるはず。
車窓の外には、満開間近の桜並木。
澪は静かに目を閉じている。
倉子と真子は、少しの沈黙のあと、視線を交わして笑った。
「ねぇ、これで任務ももう終わり……だよね」
「……たぶん。さすがに、もう延長はないはずっすよ」
「うん、そうだよね……そうだと、思う」
少しだけ名残惜しい。
だけど、きっと今日で区切りがつく。
澪がふと目を開けた。
「お二人とも、今日まで本当にありがとうございました」
「こちらこそ、澪ちゃんと過ごせて……光栄でした」
静かに走る車が、やがて学園の正門へと滑り込んだ。
今日だけは――少し、特別な気持ちだった。
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:式典、そして春の別れ
式典の行われる講堂は、厳かな空気に包まれていた。
前方の壇上には、校長先生と来賓の姿。
奥にはピアノと合唱隊、そして在校生代表たち。
三年生の生徒たちは、皆一様に真剣な面持ちで席に座っている。
式次第が読み上げられ、証書授与がはじまった。
倉子と真子も、当然ながら“卒業生”としてその列に加わっている。
「うわ、本当に卒業っすよ……なんか、夢みたい」
「うん。でも……やりきったわよ、私たち」
ざわつきもなく、進行は淡々と。
「卒業証書、警備科――じゃない、普通科三年C組、服部倉子」
「……はいっ!」
(そんなボケいらない)
壇上で証書を受け取る姿も堂々たるもの。
続いて呼ばれるのは、もちろん――
「真田真子」
「はーいっす!」
声は明るく、でも歩き方はしっかり。
“なんか、やたら貫禄ある高校生だな”
──そんな保護者のささやきが、どこかから聞こえてきた。
無事に式が終わると、生徒たちは教室へと戻り、最後のホームルーム。
その間、廊下では写真を撮る親たち、先生たちとの別れを惜しむ声、
泣きながら抱き合う生徒たち……あちこちに別れの情景が広がっていた。
倉子と真子も、クラスメイトたちとひとりひとり言葉を交わす。
「服部さん、真田さん……本当にお世話になりました」
「このクラスでよかった……一緒に卒業できて、嬉しかったです!」
弓子も、晴れやかな顔でやってきた。
「あの……本当に、ありがとうございました」
「うん。弓子さん、顔がすごく明るいよ。よかった」
「もう、迷わないって決めたんです。未来は……これから、自分で選びます!」
そう言って笑った弓子の顔は、もう“かつての委員長”ではなかった。
どこかしら、少し大人びた表情で、眩しかった。
廊下に立つ倉子と真子は、思わず並んで空を見上げる。
白い雲が流れ、春の陽が制服の肩を照らす。
「……卒業か」
「まさか、26歳で二回目の卒業式やるとは思わなかったっす」
「ふふっ、ほんとよね。でも――」
でも、心から「やりきった」と思える。
そう、澪を守り抜いたこの三年間を、誇りに思える。
了解しました。それでは、**第46章「卒業の日」**より、セクション3「澪からの感謝」をプロットに沿ってラノベ小説らしい文体で書き直した46-3をお届けします。
:澪からの感謝
卒業式が終わり、華やかな空気が少し落ち着いた頃。
教室ではクラスメイトたちが、アルバムに寄せ書きをしたり、記念写真を撮ったりと、最後の交流を楽しんでいた。
倉子と真子は、自分たちの荷物をまとめながら、そっと一息つく。
「……これで、ようやくお役御免、って感じかな」
「卒業証書もらって、やっと実感湧いたっす」
「でも……思ったより、寂しいわね」
ふと、振り返ると、そこにいたのは――澪。
制服の胸元に卒業式のコサージュをつけたまま、少し照れくさそうな笑顔で立っていた。
「……ご卒業、おめでとうございます」
その言葉に、倉子と真子は自然と笑みをこぼす。
「ありがと、澪ちゃん」
「そっちこそ、無事に卒業できてよかったっす」
澪は小さくうなずいたあと、ゆっくりと歩み寄り、二人の前でぺこりと頭を下げた。
「三年間……本当にありがとうございました」
教室のざわめきの中で、その言葉はひときわ静かに、心に響いた。
「最初は、本当に怖かったんです。知らない“転校生”が二人も来て、しかも年上で、警備だなんて」
「まあ……普通に考えたら怪しいっすからね」
「ちょっと真子、それフォローになってない」
「ふふっ」
澪は少しだけ笑って、でもすぐ真剣な顔つきになった。
「けれど、お二人がいてくれたから……私は安心して、この学校で三年間を過ごせました」
「澪ちゃん……」
「いろんなことがあったけど、私は、本当に楽しかった。友達もできて、勉強も頑張れて……」
そこまで言うと、澪は小さく息を吸ってから、深く頭を下げる。
「本当に、お二人には感謝しています。……ありがとうございました」
その丁寧な言葉に、倉子と真子は何も返せなくなった。
たしかに、仕事としての任務だった。
でも、いつの間にか、それ以上の絆ができていたのだ。
「こっちこそ、ありがとうね。澪ちゃんの護衛、楽しかったわ」
「……泣かないって決めてたのに、泣きそうっす」
「真子、目真っ赤よ」
「うっさいっすよ、倉子さん」
教室の窓から差し込む春の光の中で、三人は静かに笑い合った。
次に来る「別れ」を、まだ誰も知らずに――。
第46章:卒業の日
46-4:澪からの“まさかの一言”
卒業式も終わり、名残惜しさが漂う教室。
制服姿の生徒たちが笑い、泣き、写真を撮り合いながら別れを惜しむ中――
澪は、最後に倉子と真子のもとへと歩み寄ってきた。
「本当に……ここまで、ありがとうございました」
深々と頭を下げる澪。その仕草は、この三年間、護衛されてきた者の感謝に満ちていた。
「もう危ない目に遭わないようにね。これからは、自分の人生を楽しむのよ」
倉子がやさしく言うと、
「わたしも、留学で……しばらく、遠くへ行きます。ずっと、守ってくださっていたから……今度は自分の足で、世界を見てみたいんです」
真子がにっこり笑った。
「立派になったっすね、澪ちゃん」
「でも……最後に一つだけお願いがあって……」
その言葉に、二人の表情が引き締まる。
任務はもう終わった。だが、澪が最後に頼るのは――やはりこの二人だった。
「四月に……妹が入学してきます。すこし気が強いけど、本当はすごく繊細な子で……心配なんです」
倉子が小さく首を傾げた。
「それで……?」
「お願いです。妹の護衛を……お二人にお願いしたいのです」
一瞬、時が止まった。
「……は?」
真子の目が遠くなる。
「それってつまり、わたしたち――続投?」
「卒業したばっかっすよ!? 昨日まで高校生だったのに!?」
倉子が静かに計算を始める。
「今年から、SP27歳。妹さんが3年になる頃は29歳……」
「卒業の年は……30歳!」
二人は目を見開き、教室の窓から空を見上げる。
見慣れた空なのに、どこか遠く感じた。
春の陽気が差し込む、卒業式翌日の昼下がり。
澪の妹の護衛依頼に頭を抱えながらも、何とか気持ちを切り替えた倉子と真子は、ようやく落ち着いていた。
そんな静けさの中、倉子がふと立ち止まる。
「ねぇ、澪ちゃん。ちょっと話しておきたいことがあるの」
その声音には、少しの緊張と、決意が混じっていた。
「うん?」
倉子は深く一礼し、頭を下げた。
「ごめんなさい。実は、今月いっぱいで退職します」
「えっ……?」
その衝撃が広がるよりも早く、
「ごめんなさいっす!」
真子もぺこりと、倉子と同じように頭を下げた。
「ええええっ!?」
倉子と真子は顔を見合わせ、ぽかんとする澪。
「ちょ、ちょっと待ってください。何の話ですか!?」
倉子が口を開く。
「実は、結婚するの。だから、この任務で退職に……」
「え!? せ、先輩も!?」
澪が目を見開いたまま叫ぶ。
そして、真子も遠慮がちに、けれどしっかりと目を合わせて言った。
「私も今月で辞めて、結婚するっす」
「ええええええ!?」
今度は倉子が叫ぶ番だった。
「真子、あんたそんな相手いたの!?」
「その言葉、まるっとお返しするっすよ、先輩」
二人は見つめ合い、どちらともなく吹き出した。
澪はふと、二年前のクリスマスを思い出していた。
車の窓から見えた、見知らぬ男性と倉子が並んで歩いていた光景。
あのときの違和感の理由が、今になってわかった気がした。
「……そうだったんですね」
そして、にこりと微笑んで。
「おめでとうございます。お二人とも」
それは、澪からの精一杯の感謝と祝福だった。
別れと新たな始まりが、同じ春風の中で、優しく交差していた。
第46-6章:制服はまだ終わらない
「でも……妹さんの件、どうするっす?」
真子の問いに、倉子は腕を組み、少しだけ目を細めた。
「それは大丈夫。社長が、信頼できる人をちゃんと用意してくれるって」
その瞬間――。
「任せてくれ」
張りのある声が背後から響く。
驚いて振り返ると、そこにいたのは――まさかの、倉子らの所属する宛名セキュリティの社長だった。
「しゃ、社長!? まだ残ってたんですか?」
「おう。お前たちに紹介しておこうと思ってな。4月からの新人だ」
社長の背後から現れたのは、見慣れた顔だった。
「……えっ?」
「委員長……!?」
「大橋弓子さん!?」
「びっくりっす!」
目の前に立っていたのは、つい先ほどまでクラスメイトとして卒業式を迎えていた、大橋弓子だった。
「彼女が、4月からうちに入社する新人だ。そして、お前たち二人は三月いっぱいで正式に退職だ」
「……は、はい?」
「だから、退職までの1か月間は、弓子の研修教官を務めてもらう。頼んだぞ」
「せ、先輩方!よろしくお願いします!」
弓子は元気よく、ぴしっと頭を下げる。
「ブラックだからやめたほうがいいって言ったのに……」
倉子がボソッと呟き、
「そうっすよ……社長、これは労働倫理的にアウトじゃ?」
真子が追い打ちをかける。
「……おまえらな。退職間近とはいえ、言いたい放題だな?」
「退職間近だからこそです」
「もはや怖いものなしっす!」
社長は苦笑しながら話を戻す。
「ともかく、弓子の初任務は澪さんの妹さんの護衛だ。つまり……」
「え? またこの学校に通うってこと?」
「そうだ。まだ18歳だし、“27歳コンビ”よりよっぽど自然だろう」
「でも社長……そもそも私たちを派遣したの、社長じゃ……」
「細かいことは気にするな」
「大橋弓子、18歳。卒業したのにまた、入学……」
倉子が呆然と呟けば、
「これ、無限制服地獄っすね……」
と、真子がとどめを刺した。
三人の前で、弓子はにこやかに敬礼する。
春は別れと始まりの季節。
制服も、そして任務も、まだ終わらない。
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エピローグ:制服の、その先へ
三月末、研修最終日。
穏やかな春風が校舎の影を撫でる午後、大橋弓子はまっすぐに二人の先輩に頭を下げた。
「先輩、お世話になりました。今日までありがとうございました」
弓子の敬礼に、倉子と真子はどこか寂しそうな、それでも誇らしげな笑みを浮かべる。
「うん。大橋さん、明日から初任務、頑張ってね」
「失敗しても命まで取られることは……いや、場合によってはあるっす。マジで気をつけてっす」
真子の妙にリアルな忠告に、弓子は一瞬固まり――笑って答えた。
「はいっ、気を引き締めてがんばります!」
そんな弓子に、ふと真子が訊ねた。
「そう言えば、大橋さんの護衛任務って、相棒は誰なんすか?」
「ええと……」
弓子が資料を確認する。
「たしか、井上先輩です」
「――ええええええええ!?」
「よりによって井上先輩……」
倉子が天を仰ぎ、真子が頭を抱える。
「マジっすか……一番クセ強い先輩をあてるなんて……」
「そ、そんなに怖い人なんですか?」
「……いえ、いえ、優しいよ。それが、逆に怖いのだけど…」
「説明が難しいっす。例えるなら、ボケとツッコミとフラグクラッシャーが一つになった感じっす」
「一言で言えば永遠の17歳」
「ますます、わかりませんが……私、やっていけるでしょうか……」
肩を落としかける弓子に、倉子がにっこり微笑む。
「ねぇ、今からでも……考え直さない?」
「はい?」
「そうそう、人生ってやり直しが利くって言うじゃないっすか」
「ちょっと!?」
二人の冗談めかした慰留に、弓子は苦笑しながらも背筋を伸ばした。
「……大丈夫です。やります。私、選んだ道ですから」
その姿に、倉子と真子は思わず目を細めた。
「うん、それならもう何も言うことはないわ」
「じゃあ、せいぜい生き残ってっす」
「こわいですって!」
三人の笑い声が、夕陽に照らされた校舎に溶けていく。
制服を脱いだ彼女たちの先に、どんな未来が待っているのだろう。
それでも、たしかなことが一つある。
――守るために戦う者たちは、いつだって前を向いている。
そして、新たな春が、静かに始まろうとしていた。
―――完。