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嫉妬 2

夜の黒が存在をあらわにする時間帯。夕立のせいで気温も下がり森の中は雨の匂いが漂っている。


「ココだな。」


無田はここに目的の奴がいると確信し、探そうと一歩を踏み出したが、一発で分かった。


”すでにいる”


”どこに”とか”潜んでる”とかそんなトリッキーな事はない。すでにこの森全体が奴の巣になっている。


「固有結界か。」


固有結界とは魔族やその他歪み以外の種族も使える無我の境地の向こう側の”業”。

並大抵の能力、特技、術を持ち寄ったとしても解除困難な”業”

無効化、抹消ができる能力を持っている無田 皆無でもなかなかに苦労する業である。

無田が能力を使うタイミングは結界の核に振れるか、術者に直接振れるかの二択。


「”核に触れられれば”な」


結界の”核”とは結界の中心を示す言葉なのだが、結果を直径10mのドーム状の物だと仮定しても必ず対角線上の”中心”にあるわけではない。木々のどれか、海辺の砂粒、川辺のそこの石。色々な者がその可能性をはらんでいるが、一番厄介なのが”術者本人が核”と言うもの。

本人に振れるだけでなく、本人の中にある”核”も探さなくては解除できない。


「参った。」


外の黒よりも黒い森の中には黒い霧も漂っている。訝しげに無田はその霧を吸い込まないように、森を探索する。だんだんと気温が先程よりも低くなり、指先が冷えてきた。


「”体力を奪って捕食”ということか。」


身体が震え、だんだんと足を動かすのを辞めたくなってくる。とうとう、無田はその足を止めてしまい、その場に胡坐をかき、座りこんでしまった。そして、冷える手や足をさすり温めようとするが、体温はだんだんと奪われていく一方だった。そして、ふいに声が聞こえて来る。


『神の使いなの?』


『人間なの?』


『いいなぁ』


声は自分の妬み、嫉みを垂れて耳の奥の方に響いてくる。無田はその声がだんだんと耳障りになり、ゆっくりと腰を持ち上げる。この世のものではない寒さのせいで反応速度、体力は低下してきていた。それでも、己が受けた命の為、無田は凍傷になりかけている手を閉じたり開いたりして周りを警戒する。


「……出てこい。」


寒さのせいで震える声で小さくつぶやく。


『死ぬよ?』


声は耳の奥から消え、目の前にその姿と共に現れる。小さな少女を装った”ソレ”は白いワンピースを揺らめかせ、無田に近づこうと歩みを進める。無田はすぐに拳を振るうことができるように構える



が、時すでに遅し。



少女はそのまま流れるように蛇に姿を変え、大きな口を開き無田を丸のみにしようととびかかる。無田はその勢いに反応できず足を足を滑らせて背中から地面に向かう。蛇はそれを好機と見てまた姿を変える。次は蜻蛉になり、眼にも止まらない速さで無田の心臓にめがけて回転しながら突進する。無田の無防備な胴には拳銃から射出された弾丸と同等の速度の蜻蛉が胸へと突き刺さり、内部を抉り心臓を貫き、貫通した。無田はそのまま背中から落ち、血がその辺に飛び散る。


嫉妬は再び少女の姿に戻り、死体を確認しようと後ろを振り向こうと身体をひねろうとしたが、その前に起き上がった無田に後ろから首を締められる。嫉妬はそれに物怖じせずにすぐ急所になった心臓部分を肘で思い切り打つ。だが、無田はその肘打ちに反応せず、嫉妬を締め上げる。嫉妬はこのままでは落とされると思い、再び蛇の姿へ変身して無田の胸からするりと抜け出した。


「一筋縄では行かないらしいな。」


『いいなぁ……ボクにも教えてよその近接格闘術。』


無田は穴の空いた心臓部分をさわり、手についた血を見る。溜息をつき、血を振り払うと再び拳を構える。目の前の嫉妬を確認するために目を向けたが、嫉妬が目を合わせてきた。

嫉妬の能力、石化の魔眼。対象と目を合わせる事で対象を石化させる事のできる非常にシンプルで強力な能力。


『ボクと目を合わせるとみんな、石になるんだ。』


「そうか、俺には効かない能力で安心した。」


目が数秒合う。だが無田は一向に石にならない。隙を突かれると慌てた嫉妬は蜻蛉になり距離を取る。しかし、その力も自然と解除され少女の姿になってしまい中途半端な距離に落ちてしまう。


「何が起こったか分からないという顔だな。」


『何をしたの?』


「無効化……お前の能力の抹消だ。」


神使:無田 皆無の能力。己は神をも殺せると自負する能力。抹消無効(ゼロ)。常時発動型の能力で自分に危険であってもそうでなくても周りの能力を強制的に無効、抹消する能力。こちらもシンプルかつ強力無比な能力である。この能力は神でさえ危惧し、無田だけには強力な制約を与えている。範囲、発動条件を狭めたこの能力は制約が無ければ、結界に入った瞬間結界を解除してしまう。制約で”使用者の能力を把握してなおかつ使用者(対象1名)を視界に入れなければ入れない”という弱体化を受けている。


『いいなぁ、その能力。』


「そうでもないさ。」


身体が温まってきた無田は頭の回転もいつも通りになってきている。コートのホコリを払い、無田は改めて嫉妬を見つめる。


「さて、神使;無田皆無。今からお前を神の命によりあの世へ変えさせてもらう。行くぞ………嫉妬の魔族スラウ=システィーナ……」


『いいよ、望むところ。』


決戦開始。

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