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嫉妬 3

「チッ……こいつ………」


俺の攻撃をこんなに簡単に避けるなんて、さすがは魔族と言ったところだな。

目の前の犬は落ち着いた様子でこちらを見つめている。そして、ノーモーションで走り出すとそのスピードは俺の目でも追うことが難しくなっていった。犬はさらにスピードを上げると蜻蛉に変身してそのまま弾丸の如き勢いで俺に突っ込んできた。俺はその変身能力を抹消無効(ゼロ)で効果を抹消するとそれを予測してか、能力を解除されたまま、いつ手に持ったのか鋭い石片を突き立てながらそのまま向かってきていた。


「舐めるな。」


俺はその手を掴むとそのまま首を狙い羽交い絞めにする。嫉妬の魔族スラウは俺の腕の中で暴れる。負けじと押さえつけ、その動きを全力で止める。


そのとき、手の甲に雨粒がひとつ落ちる。その一粒を皮切りに結界内にバケツをこぼしたような大雨が降る。雨のせいで手がすべりスラウがするりと腕から抜け出し逃げた。逃げたスラウを再び捕まえようと俺はその手を掴もうとしたが、スラウは変身能力を発動しその全身を蛇に変え地面へと潜っていった。ぐちゃぐちゃの靴を鳴らし、警戒しながら立ち上がり辺りを観察しながら拳を構える。


俺の能力抹消無効(ゼロ)は対象の能力をセミオートで解除する能力だが、視界内に対象を入れなければ発動しない。それが地面の中へと入られてしまうとまるで意味のない能力になってしまう。困った。


「困った。」


地面を見ていると大きな黒い影がこちらを行ったり来たり、獲物を狙うサメのようなスラウが俺に蠢いている。困った事はここからだ。能力の性質上、視界内という条件は意外にも厳しいのだ。影は実体ではないので視界に入っても能力が発動しないのだ。影、陰、光、透明などその場に”いる”が、実体として触れられないモノを相手にされると俺はめっぽう弱い。

神を殺せると自負しているが、制限されてしまってはそんな自負は不安へと変わってしまう。試しに能力を発動したが、スラウの能力が全然解除されない。


『フフフ……ここにいれば、君の能力は届かないみたいだね。』

スラウの影は俺の足元で止まっている。影は俺の影に溶けるとそのまま俺の形をした影が具現し、目の前に現れる。その影はスラウの声で喋り始める。


「いいね、この体。鍛えられている。」


身体を動かし、拳を空に繰り出したり蹴りをこちらに向かって軽く打って来たりして身体の動きを確かめている。試しに能力を使ったが、こちらも能力解除ができない。能力上今のこいつは”影”ということになる。


「困った。」


「嫉妬した?うらやましい?あこがれる?」


「はぁ……うざい。」


フフフと少女のように微笑むスラウは拳を構え、俺のように拳を打ち出してきた。

その速さは俺とほぼ変わらない。俺はその拳を掴み、ひねりながら、投げようと手を高く上げたが、スラウはその手を思い切り下に降り下げ投げを回避する。そのまま空いた俺の胴にスラウは前蹴りを繰り出し、身体が吹き飛ぶ。足を踏ん張らせようと地面に足をつけるが、雨のせいで勢いが止まらない。そのまま木に激突すると、力が抜けて立ち上がれなくなった。次に来る猛攻に備え俺は懸命に立ち上がろうと足に力を入れたが、ふらついて立ち上がれなくなる。


「脳震盪、か…………」


後頭部の打ちどころが悪かったのか、思い切り脳震盪を起こし後頭部に触れると血の匂いがしてきている。軽く出血もしているようだ。目を思い切り見開くと予想通り、スラウは蹴りの用意をしていた。その蹴りをつたない動きで避けようと身体を動かしたら木に巻き付かれた。正しくは、木の後ろに隠れていたスラウの本体が巻き付いていたのだ。


「こいつ!」


そう、目の前の俺をコピーした影はブラフ。本体は自由に動き大蛇の姿でずっと俺のぶつかる木の後ろに隠れていたのだ。耳元でぎちぎちという音を聞きながら、俺はその蹴りを顔面にうけて、意識が遠のくのが分かった。完全に意識が遠のくと思った瞬間、爆発と閃光が俺の五感を刺激した。


耳に響く轟音。


焦げた匂いが鼻の奥をくすぐり、


黒くなり始めていた視界が白く開ける。


目の前に見えてきたのは見覚えのある小さな背中だった。


魔法少女風の巫女服は黒髪を揺らし、俺の方へ目を向けた。


「お前!」

思わず、声が出たが、こいつに関する記憶は俺がハクラと消したはず。少女の横を見ると件のハクラも一緒にいた。


「お前、記憶を戻したのか。」


「そんな訳なかろう。こいつが自力で思い出したのだ。」


少女に目を向けると、いきなり、顔面を殴られた。ボロボロの顔面に入る一撃はどんなに腕の細い拳でも痛く感じる。


「いっ……!」


「バカでしょ!?あんた。」


「自力で能力を破るのはムリなはずだが?」


「名前は思い出せない。でも、あんたが強い能力を持っているのは知ってる。」


「あぁ、なら名前は思い出すな。ただ、改めて……協力してくれ。」


少女は軽く拳を俺の胸に当てた。


「いいから、行くわよ。」


少女は札を自分の目の前に投げると同時にスラウが無数の尻尾でこちらへ打撃攻撃をして来た。その攻撃を必死に受け止める。しかし、札の防御は数撃で壊れてしまった。尻尾の勢いは止まらず、一重の顔に尻尾が激突しそうになっていた。


「今回は特別に我の回復術を使ってやろう。」


ハクラが、動けなくなった俺の身体に指を触れると今までの傷がなかったかのように治り、俺は完治したタイミングと共に一重に迫る尻尾の打撃を受け止める。


「協力、感謝する。」


そのまま尻尾を掴み、思い切り引っ張り、顔面を引き寄せる。スラウはもちろん回避しようと蜻蛉に変身して逃げようと飛翔したが、一重はすかさずその蜻蛉に向かって爆破の札を投げる。張り付いた札はカウントなしですぐに爆発する。その爆発を俺の能力で無効化すると爆発したダメージはそのまま煙と火薬のにおいは消え去る。蜻蛉は落ちると同時に再び蛇に変身して地面へと潜ろうとする。その先にはハクラが待ち構えており、指を構えると、スラウの落ちるところだけ水気がなくなり、スラウは地面に激突する。


『こいつら……!!』


少女へと変身すると、スラウは三人から距離を取ろうと、自力で跳躍する。ただ、着地する直前に一重は束縛の札を投げ見事、発動し、スラウの捕獲に成功する。


「これで、あとはこいつを天に還すだけだ。」


俺は懐からカギを出し、天へ突き刺すと扉が現れる。捕獲したスラウを放り込むように投げると後ろから影がスラウを連れ去る。風の通り抜ける方向へと目を向けるとスラウの頭を鷲掴みにするフードの男がいた。


『あ、あ、主。』


「スラウ……君も逃げようとしたね?」


『ち、ちが………』


フードの男は頭を握りつぶすとスラウを物言わぬ肉塊に変えた。


「お前、誰だ。」


「お前もか。名乗る気もならない。」


男は血を飛ばすとこちらに見向きもせず、背を向けてゆっくりと歩いて行こうとしたが、俺はそれを許さない。他の二人は何が起こったのか分からず、ただ、茫然と見つめるだけで俺の動きについてこれなかった。


「待て!!」


「ムリだ、こちらも急いでいるのでな。」


踵を返し去ろうとする男の肩を掴んだと同時に地面から槍上になった岩が俺の腹部を突き刺し貫通した。俺はひるまずに手に力を入れて男の身体をこちらに向かせよう腕に力を込めるが、男は地面を踏み槍をさらに増やす。


「離せ。死ぬぞ?」


「あいにくこちらは不死身なのでな、死なないぞ?」


能力の発動条件、能力が把握できない。なら、制約を一部破るしかない。制約効果は割と簡単に破ることができる。それは破ることを宣言するだけ。だが、制約を破った時間分俺の刑期は伸びてしまう。


「一度破る。行くぞ。主とやら。」


男が首をかしげると、俺は能力を全開にした。

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