白い空間。右も左も、上も下も方向のない空間。その中に玉座がひとつ。そこに座るのは常に一人。常に独り。
名もなき者は頭上に二つの気配を感じて見上げる。そこには何やらにらみ合う二人の使いがいた。名もなき者は指をくるりと回すと視界が回転する。否、名もなき者を中心に空間が回転する。それに際して、二人はバランスを崩しそうな身体をつたない体幹を踏ん張り姿勢を保つ。そして、名もなき者を前にした二人は睨み合いを辞め、名もなき者が喋るのを待った
「……さて、と…状況は何となく読めているよ。だいぶ苦戦を強いられているみたいだね。二人とも」
「お前、まさか失敗しのか?」
「てめぇには言われたくねぇな。」
互いににらみ合う布田龍兎と無田皆無だが、名もなき者の溜息ですぐに向き直る。
「とにかく、今のところ二人ともどっこいどっこいの結果だからね。ここからは二人で行動してもらう。」
「「は!?」」
息の合った動きで二人は名もなき者を見る。名もなき者は再び指で円を描くと二人は足元に空いた穴に落ちていった。
「じゃ、いってらっしゃい。」
「ふざけんな!」
「抗議する!!」
遠くなる声を左耳から右耳へ流すと名もなき者は穴を閉じた。そして、何もない空間へ目を向け、静かになった真っ白な景色を見つめながら、ゆっくりと溜息をついた。
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魔族と人が共存する町、
そこで、双方の代表が話し合い、互いに絶対に害を与えない事を条件に手と手を取り合い、この土地を人と魔族で豊かにしようと誓いあった。紆余曲折あれど、人と魔族はこの満干で約千年もの間共に暮らしている。
そして時は流れ、現代。今も見事に、人と魔族は手と手を取り合い生きていた。だが、どの時代にも必ず手を取り合えない者もいる。この時代も例外ではない。魔族も人も犯さない罪は決してないのだ。
昼下がり、季節はまだ穏やかでこの時期のこの時間帯は実際よりも時間の流れが遅く感じる。そんなのんびりとした時間に爆発音ががらりと空気を変える。町の中でもビルや商業施設の多く立ち並ぶブロックの銀行から黒い煙がもくもくと空高く上がる。炎で溶け、爆発で弾けた防犯用シャッターから、覆面をかぶった三人が勢いよく飛び出る。三人は事前に準備していた車に乗り込むとボストンバッグからはみ出た一万円札をまき散らしながら、走り去る。
車内で後ろを見ていた一人が安堵の息を漏らすと三人はその覆面から顔を出す。それでもなお、追手が来ないか運転している一人を除いて二人は時折、声と溜息を漏らしながら、口角を上げる。
「よし、ここまではうまく行った。後はここからどう身を隠すかだ。」
「それにしても、ちょろかったな。おもちゃの銃をそれっぽく塗装しただけなのに、皆、本物だと思って悲鳴を上げんだからよ。」
「おい、それより、いくら入ってる。」
運転席の男が二人の雄弁を遮り札束とバラのお札を数えさせる。付帯が手分けして指をはじくが、振動と、興奮でうまく数え切れない。
「ん~大体、500万ぐらいか?」
「ちげーって1000万はあるって!」
「一千万……か。」
運転手の男がしみじみハンドルを握りながら言う、そして、満干から隣町への坂に差し掛かったころ、車の速度は周りも気にしないほどの速度に落ちていた。だんだんと少なくなっていく車、そして、隣町へのゲートをくぐろうとしたその時、ゲートの前に人影が立っていた。男はその人影を見間違えとし、そのまま車を走らせる。だが、人影は一向に消える気配がない。そして、人影の姿かたちがはっきりしてくると、男は思い切りブレ―キを踏む。
急なストップに後部座席に二人はもちろん慣性の法則に耐えられず、前に倒れ込む。座席の頭に顔面をぶつけた二人は運転手の男をにらみつけ、一人は後ろから男の首元に腕を巻き付け、首を閉める。
「急に止まんじゃねぇ!!」
「ま、待て待て、前、前を見ろ!!」
「あ?前ぇ?」
もう一人が前を見ると、そいつも怯えた目で脂汗を流し始める。
首を絞めているもう一人が二人の視線に合わせようとしたところ、車が宙へ上がる。
さながら、逆バンジージャンプのように綺麗に上がる車体は三人にGをかけながら上下運動を繰り返す。そして、三人はそんな強烈なGのかかった上下運動の中でも、その人影の服を見逃さなかった。藍色をベースにした白の魔法陣のマーク。その制服はこの町の治安と人日を守るための戦闘服だった。その戦闘服に身を包んでいるのは少年か、少女か分からない中世的な顔の持ち主だった。
「ま、間違いがいねぇ……ま、魔法術、た、対策機関だぁ!」
車内は大パニックになり、上下運動のさなか三人はどうするかを考える。
そして、一人、決意を固めた男が叫ぶ。
「ここで捕まるのはごめんだね!俺は逃げてみせる。」
脂汗を流していた男はドアを開け、二人を置き去りに飛び出た。
「はい、まずは一匹。」
飛び降りたのを確認すると、機関の隊員は指を一本引く。曲げた人差し指の第一関節からは光に照らされる一本のワイヤー。そのワイヤーが揺れ動くと飛び降りた男の身体にまるで獲物をとらえるクモの糸の如く絡まり、巻き付く。
「へ?」
間抜けな声と共に男は身動きが取れなくなり、宙づり状態で近くの街灯にぶら下げられる。
そして、男が飛び降りた車はというと男の飛び降りた反動でくるくると回転し始める。
ドアがうまく閉まらず、札束をまき散らしながら車は右へ回転し、緩やかになったと思えば、次は左へ回転する。もう一人、後部座席の男はこの回転に耐えられず、頭がボウっとするまま空いたドアから車外へ投げ出された。
「はい、二匹目。」
隊員はまた指を引く。ワイヤーは先程と同様、身体に巻き付き、最初にとらえられた男とお同じ街灯へと勢いよくぶら下がる。そして、最後、回転を辞めない車のワイヤーをはなし、車を地面へとぶつける。大きな音と共に、つぶれる車体。だが、その中に人はいなかった。
「三匹目、はちょっと手練れだね。」
運転手の男はワイヤーが切れる前に車体が高く上がった瞬間、回転が緩んだタイミングで車を飛び出したのだ。その俊敏な動き、体さばき故に、魔法術対策機関第一班
「あんた、元軍人だろ。」
「さぁな。」
男は拳を構える。そして、ステップを踏むと一気に前に飛び出してきた。四夜華はその拳を見切り、避ける。距離を取られた男はそのまま車から出たであろう、鉄の破片を投げつける。距離を詰めようとしてくる相手に四夜華は困惑しながら、それでも男の思惑に警戒しながら、距離を取る。
「魔法、使わないんだ?」
「さぁな、どっちだと思う?使えないのか、使えるけど隠してるのか。」
「どっちだろうね。」
男はそんな四夜華の態度に苛立ちながら、少しずつだが、確実に距離を詰める。
そして、距離が一定に達し四夜華は隙を作ってしまう。それを好機と見た男はさらに距離を詰め、懐から紙切れを一枚、四夜華の額にぺたりと張り付ける。それと同時、二人に巻き付いていたワイヤーが力が抜けたようにほどける。それを見た四夜華は額の札に手を伸ばす。
「魔封じか。」
「古いが、強力な一手だ。さて、これで形成逆転だな。」
男はそのまま四夜華へ拳を打ち込む。四夜華は腹部へ一発もらうとそのまま飛ばされてしまう。
「くっ!」
「どうだ、チビ、これが大人のやり方だ。」
四夜華はそのまま男をにらみつけ、立ち上がろうとする。だが、男は隙を作るまいと立ち上がろうとする四夜華の足を払い、転ばせる。そして、すぐさま銃を抜き、腕と足にそれぞれ一発ずつ撃ち込む。
「ぐっ!」
「さて、悪いな。俺たちは子供のお遊びに付き合っている暇はないんでな。」
頭部へ向け発砲しようとしたその時、すぐ後ろで声がした。
「でしたら、大人の僕がお相手しましょうか?」
振り向くと、メガネの優しそうなどんくさそうな顔の男がいた。やはり、機関の制服を身にまとっており、自分を捕まえに来たのだとすぐに殺気を放つ。四夜華はその姿を見るや否や、目を大きく見開く。
「大介さん!あんた調査班のはずだろう!」
「いやぁ、冬至さんが行ってこいっていうもんだからさぁ来ちゃったんだぁ」
「あんた、戦えるのかよ!」
「はは、さて、どうだろう。ね」
「黙れ、来るなら来い、仲間がどうなってもいいのか!」
大介と呼ばれたメガネの優男はメガネを外すと、準備運動を始める。男はそんなのお構いなしにすでに魔封じの札を手に持ったまま大介との距離を詰める。
「魔封じの魔術か。」
そういうと、大介は四夜華同様に額に魔封じの札を張られてしまった。
「け、呆気ないな。魔封じの札を貼れば魔法使なんて、ただの人間だぜ。」
「ん?それはちょっと違うと思います。」
大介ははがれない魔封じの札をそのままに自分の懐から札を一枚出し、男に投げる。風に乗った紙飛行機のように札は男の胸へと張り付く。男はその札を見て高らかに嗤う。
「バカだろお前、魔封じの札を貼ったんだぜ?もう、魔法は使えないだろ。」
「ん~基礎の基礎ができていませんね。では、ちょっとした講座を交えながら、実践しましょうか。」
「何をごたごた言って……」
「囲め赤よ、咎人を煉獄の檻に閉じ込めろ。
詠唱、術式、陣、下準備を必要とするのが魔術。
例えば、今の現象は
「そして、今からするのが魔法……アクアボール」
大介が手をかざすと手のひらから水の玉が勢いよく燃える男の方へと飛んでいった。水の玉は男の炎を消しながら男を吹き飛ばす。そして、立ち上がった男は肩で息をしながら、少しただれた頬をなでる。
「魔封じの札は貼ったはずだ……なんで……」
「ルールを一個破ってますからね。そりゃ、半減どころか、数分も持たないですよ。」
魔法にある程度のルールはないが、魔術には厳格なルールがある。
一、術式は書き換えてはならない。
一、陣は綺麗に細かく描く。
一、必ず詠唱はする。
この三原則を守れば、魔術はより強力に、より、長時間発動する。
「つまり、僕が言いたいのは……」
自分の額についている魔封じの札をはがすと男と同じように距離を詰める。男は大介の意外に早い動きに一瞬隙を作り、額に魔封じの札を貼られてしまう。
「つまり僕がいいたいのは詠唱ちゃんとしようねってこと……逆算、到達、発動、
魔封じの札の術式の陣が光ると、男の額から身体の中へと浸透していった。
「な!?何をしやがった。」
「きみと同じようで全く違う事さ。」
大介は男に手錠をかけると、他の二人にも手錠をかける。そして、札の貼られた四夜華の方へかけより、札を燃やす。
「大丈夫だった?四夜華ちゃん。」
「うるせ。さっさと助けに来い。」
「ははは、ヒーローは遅れてやってきた方がカッコイイだろう?」
「ウザ。」
「えぇ……、ちょっと傷つく。」
大介と四夜華は強盗三人をたたき起こし、迎えの車両に乗せた。
「ふぅ、疲れた。」
『二人とも、ご苦労様。』
耳に装着している通信機に通信が入る。二人はその声に、少し姿勢を正す。
「「お疲れ様です、遊馬指揮官。」」
『はは、そんないいよいいよ。崩して。それより、調査班の大介君と第一班の四夜華君のコンビで依頼したいことがあるんだ。』
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暗い森の中、一人の登山家の男が湿った空気を心配しながら、山道を下っていた。中腹に差し掛かったところで雲行きが怪しくなってきた。焦る気持ちを抑えつつ、ゆっくりと安全に一歩を確実に踏みしめていると、ポタリと雨粒が頬に当たる。次第に強くなる雨脚に男は濡れながら、どこか安全に過ごせる場所はないかと探す。ふと、スコールのかかる視界でとらえたのは人一人が入るにはちょうどいいくらいの切株だった。
雨が止むまではここで、と足を切株の方へと向かわせる。近づくにつれその切り株の大きさに少し、圧倒されるが、雨をしのぐのにここまで適した場所はないだろうと、安堵し男は切株の中へと入る。湿った木の匂い、土の感触にひと時に安らぎを感じ、そのまま空を見つめる。極力体力を使わないようにとボーっとしていたが、近くに雷が落ちたのか大きな音が鳴る。身体をびくりとさせ、音の方向に顔を向けるが距離はここから近くはないなと少し安心する。だが、雷の音がだんだんとこちらへ近づいてきていることに少し違和感を覚える。
そして、気付く。
今まで”雷”や”落雷”だと思っていた音は、別の音だったのだ。
雷とは別に何かが避けるような、抉られるような、だが、雷の音にも近い音。
その音はだんだんと不自然に近づくので男は我慢できず、大雨の中、荷物をほったらかしに音のする方を見ようと、切株を出た。
出てしまったのだ。
そして目にした光景はありえないモノ。
木々がなぎ倒されて消えていたのだ。まるで重機で一気になぎ倒すように一瞬で太い幹を折り、木材を粉々にするときに使用する粉砕機のようにそのなぎ倒された木は粉々になる、そして、粉々になった木はあっという間に何か、黒いたまに吸い込まれていった。
男はすぐにここにいてはアレに巻き込まれてしまうと察し、慌てて荷物を手にとり、先程とは打って変わって、走る。切株を飛び出し、木々のなぎ倒される音を耳にあの異様なまでの黒い玉との距離を大体で図る。荒くなる息、だんだんと狭まってきた視界、どこにどんな危険が潜んでいるか分からないまま、男は走る。
なおも、なぎ倒される木々たち。一体どんな風になっていて、アレとの距離はどうなっているのだ。気になった男は走りながら、視界の端でアレととらえようと顔を横に向ける。
黒い球体との距離、約100m。球体はバブルサッカーで使うバブルボールくらいの大きさだ。速度も男が走っても追いつけないくらいの速度。このまま山を下り切れば、追いつかれないと考え、前を向いたとたん視界が下がった。そのまま転がり、倒れこんだ。肩で息をしながら、自分はどこに落ちたのかと確認する。周りを見渡すと、明らかにこの場所だけ意図的にクレーターが作られていた。そして、再び走り出そうと足を動かしたが転がり落ちた拍子に足をくじいてしまったようでうまく動かせない。
木々のなぎ倒される音がだんだんと近づいてくる。男はくじいた足をかばいながら、走り始めようとする。だが、音はこの穴に近づくにつれだんだんと小さくなっていった。男が球体の来るであろう方角を見ると球体はこちらを観察するように止まっていた。目はないはずだが、男は球体と目が合ったような気がした。追ってくる気配があったため、男はゆっくりと身体をひるがえすと、球体は男の様子を見ると止まっていた身体を動かすように男に向かって動き始める。音が再始動した事に気付いた男はギリギリ上がれそうなクレーターの坂を駆けるが、すぐに諦めてしまった。
目の前からも同じ球体が迫ってきていたのである。
いや、前だけではない。後ろはもちろん、右左、斜め方向にまで球体が迫ってきていた。
「はは……」
男はこの無理難題な八方ふさがりにただ笑うことしか出来なかった。
八方からの球体が男にぶつかる。男が唯一救われたのは、痛みもなく、消えるように死ねた事だけだった。
球体たちは地面を抉りながら、男がいたであろう場所を後にクレーターを駆け上がっていった。
「満たされない……満たされない……」
不気味につぶやくと、黒い球体たちは再び、森の中をさまよい始めた。
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『数ヶ月前から、調査中の遺跡周辺でクレーターが現れ始めている。君たちにはその調査に当たってほしい。』
「……って、言ってたけど、目の前のこいつらのせいじゃないの?」
四夜華は息を切らしてる大介を横に、目の前の二人を指さす。
指を差された布田龍兎と無田皆無の二人は顔を見合わせ、面倒な事になったと肩を落とす。
そして、何を考えたのか、龍兎は説得を試みようと声を発してみる。
「あ~、何か、勘違いしているようだが、オレたちは怪しいモノじゃ……」
朗らかに伝えようとしたが、龍兎の頬に何かがかすった。そしてすぐ後ろで何か爆発音がしたと思えば、焦げ臭い匂いがこちらに漂ってきた。後ろを向くと、焼けた木々と剥き出た地層が熱で溶けている姿だった。そこに爆弾でも落ちたかと思うほど、黒く焦げていた。
攻撃を仕掛けたのは言い訳を嫌う、天々望 四夜華の姿だった。
「御託はいい。ボk...私達に同行してもらうぞ?」
龍兎と皆無は互いに目で合図するとすぐに二手に分かれ、逃走した。
続く。