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怠惰 乱入

きっと疲れていたのだ。きっと疲れていたのだ。心に迷いが、精神に異常が、そのせいでわたくしは、きっと今もこの疲労感、倦怠感、けだるさから抜け出せないのだ。

だから、わたくしは、


堕ちた。


────────────


「全く、強力な能力を持っていながらこの散々な惨状は何ですか。感心しませんね。」


ベルフェゴールは、その場で座り込むと溜息をつき肩を落とす。


あと少しで自分の還るべき場所へと押し込まれそうになった暴食は、無言でボーっとした頭を叩き眠気のような感覚を飛ばす。だらけているベルフェゴールの方へと目を向ける。


「何でしょうか?」


「お前はワタシがギリギリの時にしか助けないのか?」


「そりゃ、そうでしょう。一応、あなたと組まされているわけですから。あなたがやられてしまってはいけないですからね。」


ベルフェゴールは重い腰を上げると、ホコリを払い逃げる準備を始める。それを見て暴食は慌てて止めようとする。


「何ですか?」


「逃げる必要はないだろう。」


「はぁ、面倒ですが言っておきましょう。この世界での狩りは無理です。神の使いに見つかっては、心行くまで心地よく魂を狩ることはほぼ不可能です。なので、狩場を変えます。その方が効率がいい。」


怠惰とはまるでかけ離れたその言動に暴食は口を半分空ける。


「何でしょうか?」


「お前は本当に怠惰か?怠惰にしては生真面目というか、ちゃんとしているというか……」


「まぁ、元…いえ、なんでもありません。早く変えましょう。彼らが近づいている。」


ベルフェゴールは時空の揺らぎを作り出す。やがて揺らぎは渦を巻き仄暗い穴ができた。


「さて、逃げ道が出来ました。さっさと行きましょう。」


二人は時空の穴へと一歩を踏み出すと、頭上から四つの影が落ちて来る。影は近くなるにつれて何かを撃ち込んできた。剣、炎の玉、雷、そのすべてが二人を襲う。二人は攻撃を避けるため、穴を閉じて距離を取る。


「逃がさねぇよ。」


「少し、休み過ぎましたか……」


ベルフェゴールは能力を使用し、周りの速度をゆっくりにする。が、無田と視線が合うと速度が変わらない無田がこちらへ殴り掛かってくる。速度が二倍になったはずのベルフェゴールはいつもと変わらない速度で無田に殴られる。


「くっ……!」


「初見殺しさせてもらう。」


殴り掛かってそのままベルフェゴールへと組みかかる。後ろへ回り込み、腕で首を締める。そのまま後ろへ落とそうと自ら背中から落ちる。無田自身の背中が地へぶつかる前にベルフェゴールの前へと回り込み、ベルフェゴールに馬乗りになる。そして、無田はそのままベルフェゴールの顔面を殴りつける。


「うぶっ……」


「安心しろ、死なない程度にボロボロにするだけだ。」


「それは………困ります。我々は狩場を変えなければ……いけない。」


ベルフェゴールは無田の能力の制限時間が切れていることに気付き、再び能力を使う。

自らの速度が二倍、周りの速度が0.5倍の空間が完成すると、ベルフェゴールはすぐに無田へ攻撃を開始する。


「さて、あなたはどうやらお優しいようですが、わたくしはそんな甘くはない。」


ベルフェゴールは光の刃を生成すると、文字通り目にも止まらぬ速さで無田を切りつける。

無田は能力使用が間に合わず、目に映るのは光の一刀が無数のこちらを切り付けてくる地獄絵図だった。


「がっ………!」


「確実に、ただ、先程の分はお返しさせていただきましょうか。」


さらに速度を上げたベルフェゴールは無田を血まみれにしていく。


────────────


周りの速度が遅い状態で龍兎はベルフェゴールが無田を切り付けるのを横目に、ベルフェゴールの能力の影響を受けていない暴食がこちらに迫ってきているのを目視する。


「最悪だ。能力を無効にしてくれねぇと動けねぇし、詰みか?いや……俺だって能力を無効にする術はある。」


龍兎は空気に手をかざすと能力を使う。


分離セパレート


分離するのに選んだのは、ベルフェゴールの能力と能力を使われた空間全土。

体力という体力はなくなるが、この一度きりの分離は勝機を見出す為の捨て身の戦法。

体力がほぼほぼなくなった龍兎はその場で倒れ込み、空を見上げる。


「あ、やべ。」


「そんなところで寝てんなよ!!」


声と共に、龍兎の足に何かが巻きつき引っ張られていった。ずるずると引きずられた先には四夜華と大介がいた。


「バカか。お前。」


「恩人に対していう言葉じゃないね。それ。」


「僕らの速度が下がったり上がったりしましたが、あいつらのせいですか?」


龍兎は暴食ともう一人、ベルフェゴールの能力の詳細を話し、その能力を一時的に自分の能力で分離していることも話す。


「それじゃ、今がチャンスですね。四夜華ちゃん。我々は暴食を捕獲しましょう。」


「能力とやらは無効化されてないんだろ?あんな歩くブラックホールみたいな奴、ボクのワイヤーでは縛れない!」


言い争いそうになっている四夜華と大介に龍兎は割って入り提案をする。


「分かった。一度、分離セパレートを解除する。だが、解除するのは俺と、四夜華だっけ?が暴食に接近してからだ。」


「は?あんた、イカレてんの?」


「イカレてないとこの職にはついてない。」


龍兎の受けている制約の内の一つ。自らの持つ七つの能力は一つずつしか使えない。

分離を使いながら別の能力は使ってはならない。ベルフェゴールに使っている分離の能力を暴食へ使いたい場合は今、使っているベルフェゴールへの分離を解除しなければならない。


「大介。俺と、四夜華をあいつに向かって投げろ。絶対捕獲を成功させる。」


「了解。」

大介は龍兎と四夜華の首根っこを掴むとそのまま立ち上がり回転し始める。

そのまま回転しだす大介に四夜華は目を見開く


「ちょ、筋力上げる魔術とかないかよ!これだと、首が、首が締まるぅ…」


「我慢しろ。確実に捕獲するためだ。」


二人はそのまま遠心力により宙へ浮き始める。そして、腕を横へ移行に伸ばした位置へ来ると、大介は龍兎の方の手を放す。そのまま暴食へと飛んで行くのを見ると大介は四夜華の手も放した。そして、二人がだんだんと暴食へと近づきその距離が手で触れ垂れるところまで来ると龍兎は分離セパレートの能力を解除した。


────────────


龍兎がベルフェゴールに対して分離セパレートを使用して数秒。無田は普通に動ける事に気付きベルフェゴールの事を目で追う。龍兎が分離したのはあくまでベルフェゴールの能力の一部、”周りの速度を0.5倍にする”の部分を分離しただけなので、ベルフェゴール自身の速度二倍の能力内容は分離できていない。


「だが、それで十分。」


目が慣れたのか、無田はベルフェゴールの動きを把握し、血だらけの手足をうごかし、光の刃を目で追う。そして、タイミングを見極める。しかし、その間も無田の体はボロボロに傷つく。出血も酷く次第に無田の意識は遠のく。


「ここ……だ……!!」


無田、抹消無効ゼロを使用する。そして手をゆっくりと伸ばし、ベルフェゴールの足を掴んだ。


「捕まえ……た。」


「な、んですと。」


そのまま力を込め、地面へと叩きつける。


「なにが、起こっている。」


「いたぶらずにさっさと殺しておけば良かったな。元天使.。」


無田は再び拳を固め、ベルフェゴールの顔面に固めた拳を叩き込む。

ベルフェゴールの意識はボロボロのくせに口角を上げる無田の顔を最後に完全にブラックアウトした。

ベルフェゴールが気を失った瞬間、分離の能力が解除される。


「さっさと捕獲しろ。」


ボロボロの身体を起こすと無田の首筋に冷たい刃が当たる。

「また、お前か。」


後ろを見なくても分かる。この殺気と感覚は例のローブの男のものだった。


「そいつは返してもらう。」


「無理だな。」


────────────



分離セパレート!!」


黒い靄に手を触れると龍兎の指はだんだんと粉微塵になっていくが、確実に分離セパレートは暴食の能力を分離している。手の平がほぼなくなった頃、暴食の能力は暴食自身から分離された。それと同時、四夜華はワイヤーを暴食に向かって伸ばしている。

しかし、暴食もバカではない。そのワイヤーの存在に気付き、身をひるがえす。龍兎は限界の体力を振り絞り、分離を解除そして、七つの内の中でも強力な能力を使用する。


時間操作クロノシア!!:停止ストップ!!!」


時間操作能力。停止、巻き戻す、加速、飛ばす、などのことができる。しかし、この時間操作能力にも制約がある。停止、巻き戻し、加速、飛ばせる時間は10秒間。

停止を開始して、ただいま、5秒経過。限界を迎えた体力と多量出血の右手を抑え、龍兎はのこり5秒で避けられたワイヤーを暴食へと伸ばす。


4、


3、


2、


1、


能力使用制限時間到達。


強制解除。


避けられたワイヤーは暴食へと届き、巻き付いた


だが、しかしそんな安堵もつかの間、黒い影が暴食へ迫っていた。


その気配、感覚、殺気、龍兎はその全てに覚えがあった。


「また!!お前かぁ!!!!」


ローブの男。紛れもなく、その男だった。

男は、暴食を手に抱き、もう片手にはベルフェゴールを担いでいた。

「こいつらはまだ使える。返してもらう。」


次元に亀裂を作り、男はその裂け目へと入っていった。


続く。

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