大切なものを全て失った一匹の獣は怒る。自らの弱さ、周りへの憎しみ、とにかくその怒りを爆発させた。
「弱い!!弱い!!弱すぎるぞ!!人間共!!!」
焔を放ち、雷を落とす。さながら地獄の使者の如く憤怒の大罪はそこら一帯を瓦礫と火炎の花畑へと変えた。そこに慌てふためき逃げ惑う人間はいない。ただ解ける皮膚とこぼれ落ちる目玉をかき集める呻き声がそこら中に鳴り響いている。魂は空へと登り、そして、西へと流れた。
「さて、ここら一帯には用はない。次へ行くか……」
「……させねぇ……よ!!」
鋭い殺気が落ちてきたと思えば、憤怒の首元へ切っ先が向かっている。
「貴様、神の使いだな?」
「はっw!事実確認しないと前に進めないタイプか?怒りの権化が聞いて飽きれるぜ。」
龍兎はそのまま切っ先を憤怒の喉へと押し込もうとする。だが、憤怒は炎の能力で剣を溶かし、雷の能力で龍兎を痺れさせる。しかし、龍兎の身体には雷の能力が効いていないのか何事もなかったかのように拳を顔面へとクリーンヒットさせた。憤怒はその光景に驚きながらも距離を取る。
「させるかよ!!」
しかし、思考させまいと龍兎は憤怒と同じ方向へ飛び距離を詰める。思考がまとまらない中、憤怒は火炎を纏い防御するが、勢いもそのまま龍兎はその火炎のカーテンをももろともせず次は銃を創造し、躊躇なくゼロ距離で引き金を引く。火炎のせいで発砲音が聞こえなかった憤怒はそのまま眉間に弾丸を喰らってしまう。
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森の中で一匹の獣は、今日を生きるために狩りをしていた。とある異世界。獣の種はクライムウルフといい、その世界では一般的で雑魚扱いされている狼のモンスターである。毛皮は序盤から中盤にかけて装備に使われたり、牙や骨は終盤にも使われるいなくてもいいが意外と大事な種類のモンスターである。そんなモンスターでも日常はある。日々食うものを探し、狩り、狩れない日もある。辛い日々の方が多い。だがそれでも一匹は楽しく暮らしていた。
「今日の食いもんはどこかな?」
ここ数日は木の実と水で命をつないでいたが、そろそろ肉がほしい。そう思っていた名もなき一匹は眼前に油断しているホーンラビットを見つける。文字通り角の生えた兎でたまに狩る事ができる上玉である。足の肉は固いが噛めば噛むほど味が染み出る。腹の肉は柔らかく口の中でとろける。頭の肉は頭蓋骨であまり食べるとこはないが、今まで紹介した部位よりも最上にうまい。
狙いを定め、一匹は兎の足へかみつく。ホーンラビットは痛みで飛び上がるが、かみつかれた足が封じられ、思うように逃げられない。一匹はそのまま足を奥歯で嚙み砕いてもう片方の足を前足で押さえつける。それから数時間失血死したホーンラビットの腹を咥えて一匹は群れの元へと向かう。クライムウルフはというよりも狼種は一匹で孤高に暮らしていると思われがちだが、その孤立した一匹は群れを追い出された歳弱のクライムウルフである。真の強者は群れを統治し、ハーレムを中心とした群れでいることが多い。ただ、この一匹は例外である。歳弱の一匹であるが、群れから出ていくことをボスが許さなかった。別にいじめているわけではない。一匹のいる群れのボスは一匹との実の兄弟である。優しい兄はこの優しく弱い一匹を見放すことが出来ず群れに置くことにした。メスがボスの為に肉を取ってきてくれるこの群れに一匹の居場所は一つもないが、一匹は何もしないのも気が引けるのでこうやって狩りをして肉を持って帰っている。
「おーい皆ー!!ホーンラビットがいたから狩ってきた……よ……」
焦げ臭いにおいは誰かが間違ってボヤ騒ぎを起こしたんだといつも通りのことだと思っていたが、目の前の光景に一匹は肉塊を落とす。
鎧を着た人間どもが火炎魔法を用いて群れのボスはおろか、子供も、メスたちも皆が焼かれていた。あの強かった兄は今や人間の食材として腹の中へと入っていた。
「やっぱ、クライムウルフの肉は不味いっすよ~」
「仕方ないだろ。食料が尽きたんだから。主が我らに与えたお恵みだと思って感謝して食べろ。」
一匹はその場から肉を咥え、去った。逃げたのだ。そして、狼煙のような黒い煙が遠ざかるのを背に来た道を必死に走った。走って走りつかれて、そして、自分で狩ったホーンラビットの肉を喰らった。悲しみに染まった肉を喰らった。野生では当たり前の光景だった。狩るか狩られるかの生活。当たり前の事だった。自分も見てきた。父の死、母の死、当たり前の事だと思っていた。見てきた当たり前の事がこんなに悲しくなるのは、きっとそれは辛かっただけの毎日が楽しくなっていたからだ。
『悲しいだけなの?優しさに甘えて、君自身の本当の気持ちが見えてないだけじゃない?』
そんな声が鼓膜に響いてきた。誰だ。どこだ。と探しているが、声の主は語り掛けてくる。
『君は優しいんじゃない。甘いんだよ。その甘さで流され癖で今こんな悲しみに覆われているんだ。』
「何が言いたい!!」
『野生じゃない。野生以外の君の色の強い感情を表に出してよ。』
今までの事柄に一匹は抑えていた赤い感情を表に出した。
父の死も、母の死も、兄に負けたのも、兄が死んだのも、それ以外も、今まで自分が受けた不遇、理不尽、不幸、不運……その全てに
怒った。
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眉間を撃ち抜かれた憤怒は雷を纏い、自分の眉間を貫いた弾丸を高速移動でつまみ、弾丸を爪に挟み、デコピンで弾丸を飛ばす。回転がかからなかった弾丸は弾道を戻るように龍兎の銃口へ入り、そのまま龍兎の銃を破壊した。
「は?」
「舐めるなよ!神使風情が!」
そのまま爪に炎を纏わせ、龍兎の顔面をひっかく。目つぶしも兼ねたその爪は見事龍兎の顔面を縦に裂き、龍兎をひるませた。そのまま次は雷で近くの金属を加工し、ダガーを何本か作り、龍兎の身体を刺していく。両腕を防ぐため両鎖骨へダガーを突き刺し、心臓を貫き、腹を裂き、そこへつかさず雷を流す。
「あがががががが」
さすがに内部に電気が通れば痺れるどころか、死に至るだろう。だが、神の使いで不死の龍兎はその激痛に死ぬことさえ許されなかった。龍兎は今まで受けたことのない激痛に分離の能力を使い、傷とダガーを分離する。
「くそったれ!」
「そう、カッカすんなよ。戦いはこれからだろう?」
剣の創造。そして、またもや一気に距離を詰める龍兎は今度は手加減なしで袈裟切りにしようと右肩へ切っ先を食い込ませる。憤怒は諦めたのか、されるがままに切られようされていたその時、憤怒の後ろから光が飛んできた。龍兎は反応ができず、そのままその光の突進をその身に受けた。
「は?」
「一人で魂を集めさせる訳ないだろう?神の使い。」
灰色の翼に光の剣。突進かと思った光は剣の投擲。腹部を背中まで貫く光の剣を突き刺したまま傲慢はもう一本光の剣を生成し、顔面に突き刺そうとするが、龍兎はギリギリで躱し、傲慢を押し倒し返し、勢いそのまま地面へこすりつける。傲慢は顔色変えずにその攻撃を受ける。そのまま馬乗りになり、龍兎は銃を創造して引き金を引く。傲慢の額に弾丸が行きつく前、弾丸は光の粒子となって散り散りになって消えた。
「ケモノ。今だ。」
傲慢の一言。憤怒は龍兎の背後に火炎と雷を纏った爪を突き立てる。食い込んだ爪は炎の熱と雷の熱で皮膚に溶けていく。その痛みに耐えながら、龍兎は傲慢に剣を突き立てようと剣を創造をする。だが、憤怒はその剣を炎の熱で溶かす。
「か……くそ」
傲慢はその間に光の束を指先にしゅうちゅうさせる。だんだんとエネルギーが充填されていく中、龍兎は憤怒に押さえつけられ動けないでいた。傲慢の準備ができたのか、光がまばゆく輝いた。
「ケモノ。どけ。」
憤怒はエネルギーが打ち出される直前に龍兎の背後から退く。退いたと同時に光のエネルギーが龍兎を打ち抜いた。
続く。