あと少し。もう少しだ。これで妹が助かる。希望の光が色濃く瞬く。ここまでの年月を不意に思い出す。辛く暗い血の匂いが抜けない日々。どれだけの人を殺めただろうか。いくら妹のためとはいえ、俺は人を殺し過ぎた。何百?何千?そんなちゃっちい数じゃないくらいに俺は人を殺している。地獄に堕ちようが、虫に生まれ変わろうが、刹那的と言われようが、計画性がないと言われようが俺は構わない。今は、この希望の光を逃したくない。
「
呼び出された七つの大罪は、俺の前に現れる。面々は俺と目を合わせると睨み返したり、舌打ちをしたり悪態をついている。正直、ここまで仲間想いな咎人達だとは聞いていなかった。傲慢ことルシファーはそこらのと瓦礫で玉座を作り座る。
「今度は何の用だ。」
「この場所は覚えているな?」
「貴様が
「ここを覚えているなら、君らに最後の指令をするということだ。」
大罪達は俺の言葉に顔つきが変わる。そっぽを向いていた者たちは視線だけをこちらに向けて俺の言葉を待つ。
「最初にこの世界で魂を集めさせなかったのには理由がある……この世界が俺の出身でそして、その中に俺の妹がいるのと、この世界での準備に長年時間がかかったからだ。」
「どういうことだ。詳しく聞かせろ。」
傲慢は瓦礫を集め玉座に見立ててそこへ腰を降ろした。
「俺の目的は、この世界で不治の病にかかった妹を治す事だ。」
その話に怠惰は再びそっぽを向いた。
「はぁ、今更目的を話されてもこちらはあなたに無意味に仲間を二人葬られています。面倒なので咎めるとかそんな事はしませんが…飽きれて物も言えませんね。」
憤怒は背中の炎をまくし立てながら雷を纏った爪を俺の首元へと突き立てる。
「×ン1理由で、ユルサレルト思っているのか!!!」
暴食は、背後へ回り逃げられないように立つ。
「君がワタシ達にしてきた言動も許されるものではないよな?助けてくれた事には感謝しよう。だが、今回の指令次第では君の上司としての格や信用は地に落ちたも同然になるよ?」
分かっている。もう人としてもあとがない事も、主としても品格がないことも。
「だからこそ、最後にこんな指令……命令ですまない。」
俺はゆっくりと地に伏す。その光景に大罪達は目を大きく見開き、固まる。
「この世界で俺は妹に印を着けてある。その印の着いた人間以外の魂を集めてくれ。これが終われば、贖罪でもなんでもする。あと少しなんだ、あと少しで妹が救われる。これが、最後の頼みだ。」
虫が良すぎる。仲間二人を殺しておいて土下座で済む話ではない。
「表を上げろ。」
傲慢の声に恐る恐る顔を上げる。まばゆい光と共に俺の鼻の先には光の切っ先があった。
「最後の指令なら、理由を聞かせろ。あの二人を殺した理由を。」
大罪かつ幻想種で一人分の魂の摂取量が多いのはもちろんのことだが、彼女らを殺した最大の理由、それは……
「魂の色だ。」
「魂の色?」
集めた魂は天へ昇るのではなく、俺の契約している悪魔の作り出した特殊な空間へと流れつく。その空間へ入ったのは一度きりだが、今でも鮮明に思い出せる。暗い空間に溜ったどす黒い人間の生前の未練、恨み、そんな怨恨だけが残る空間。そんなどす黒い魂の温床を妹へささげるのかと思うと背筋が凍った。
そんな時にアドバイスをくれたのが、契約している悪魔だった。『魂の色が黒いのならば、綺麗な色で上書きしちゃえばいいんだよ。』もちろん、そんな事は信じられなかった。だが、それで少しでも色が綺麗になるならと、俺はその時から魂の色も見るようにした。色欲を殺した世界でも色欲以外にも魂の綺麗な人間を集め、色欲に殺させた。嫉妬が行った世界でも同じようにやった。二人にはそういう伝達の仕方をしていた。そして、俺は気付いた。よくよく目を凝らして見れば、他の人間よりも色欲や嫉妬のような大罪の魂が綺麗だと。
「そン1理由で2りをコロシたのか!!!!」
憤怒の爪はとうとう俺の首に到達し、雷の熱で皮膚が焼けてきた。
「ふん。やはり、人間はどこまで行っても人間だな。下らん。」
傲慢は瓦礫で作った玉座を壊し、背を向ける。
「
怠惰は、そのまま眠ってしまい、暴食は背後から距離を置き、憤怒の横へと移動する。
「口だけではどうにもならないことは分かっている。いくらでも贖罪する。相応の罰も甘んじて受ける。だから……これで最後だから頼む。」
喉に燃えるような熱が伝わる。それでも俺は頭を下げる。無音と無言の空間が数分続いた。そして、傲慢の半で嗤う音で視線が傲慢へと集まる。
「笑わせるな。下界のクズが。貴様が主で
光の刃は俺の横をすり抜け壁に突き刺さる。傲慢の背中は苛立ちや怒りは感じるものの「ここでまげるな」と言われている気がした。俺はそんな背中に刺さった光の刃を傲慢の背中に返す。傲慢は無言でこちらを向きながら切っ先を手で握る。
「それでいい。黒に染まるのならば、最後まで黒くいろ。決して半端に折れるな。」
他の三人もこちらを怒りながらも曲げることは許さないと言わんばかりにこちらを強くにらみつけてくる。俺は内心怯え、四人の視線に緊張しながらも口を開く。
「…分かった。指令だ。この世界で印の着いた人間以外の魂を集めろ。ここでケリを着ける。」
大罪達はその場から消え去った。
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白い空間。右も左も上も下もない空間。その空間に玉座とそこに座る人影が一つ。その空間に呼び出された2人は右往左往しながらも人影を見つけて、そこへ視線を送る。視線を受けた人影は指を立て空間を固定する。空間が固定されると2人は玉座の前に落ちる。
「った……」
「相変わらずコレにはなれません。」
二人は名もなき者へ視線を送る。名もなき者は殺気の籠った視線を受けると玉座の肘掛けへ肘をつく。
「さて、大罪たちは一か所に集まっている。魂を集めているのには変わりないけどね。」
龍兎は話を聞いているのか聞いていないのかそっぽを向きながら何かを考えている様子だった。皆無は名もなき者の話へ耳を傾けようと視線を送る。名もなき者はそんな二人の様子を気にしつつ話を続けようと口を開こうとしたが、龍兎は手を挙げ話を止めた。
「どうした?龍兎。」
龍兎は数分そっぽを見たまま黙り込む。二人の視線は龍兎へと集まる。そして、名もなき者が再び話を再開しようと口を開くと同時に龍兎は名もなき者の確信を突く一言を口からこぼした。
「お前は全部知ってんだろ。」
名もなき者は溜息を漏らしたが、まさにその通りだった。”神”という存在は”過去””現在””未来”その全てを総ての結末を事細かに見ている。今回の事柄、物語、マイナスから無限に置けるそのすべての事をその目で見ている。
「図星か?」
「そうだね。図星だ。ボクは総てを覚えている。」
その言葉に皆無も口を出す。
「なら、今回の主犯とその目的もご存じで?」
「そうだね。まぁ……そうだね……まぁ、いいかな……これも決まっていた事だし。」
意味深な言葉に、名もなき者は口を開く。この物語、この章の結末を。二人は顔を見合わせるでもなく、ただ、踵を返しドアノブへと手を掛ける。
「全く、どこの世界でも物語でも、主人公は同じ事を考えるもんだな。」
「我々には言えませんけどね。さて、でも止めない理由にはなりませんからね。」
ドアが閉まると同時に神は指を立てて空間の上下左右を曖昧にする。
「まぁ、運命とか、結末とかは変わらないからね。とりあえず、今回の任務は主人公的には成功だね。」
未来は決して変わらない。だがしかし、それでも神は知っている。
諦めない者の元へ必ず勝機は来る。─────と。
続く。