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主人公が確定しました。

手足をバタつかせ、目の前の妹を救わなかった悪魔を掴もうと必死になる。だが、人間の俺は空を飛べないのでその手は空を掴む。次第に悪魔の姿は遠のき、身体の内側がふわふわしてきた。一度この感覚を体験したことがある。家族で遊園地に行った時だったはずだ。初めて乗るジェットコースターにワクワクしながら座り、そして後悔した。初めての体験で興奮していて、気が付いた時にはジェットコースターは頂上に昇っていた。その瞬間、ワクワクは恐怖へと変わった。別に高所恐怖症じゃなかった俺でもその時は恐怖を感じた……


潮の匂いがだんだんと近づいてくるのが分かる。今や、マモンの姿は米粒よりも小さく黒い点としてしか認識できなくなっている。それでも俺はマモンから決して目を離さない。妹を救うと契約したのにその約束を無下にした奴には絶対に後悔させてやるとはらわたを煮えさせていた。だが、あの高さから落ちれば実質コンクリートとの激突と同じ衝撃が身体を襲うのだろう。いくら身体を改造されたとはいえ、俺には身体を治す手段がない。


だが


それでも


俺は妹を救い、マモンあいつに後悔させなければならない。


背中に確かな痛みと全身へ重い衝撃が走る。白波が立ち、俺の落ちた場所は赤く染まる。

衝撃のせいで手足が全壊したのかも分からないし、身体が改造されたせいで本当に死んだのかすらも分からない。


ただ……


ただ最後に見た光景は海水で満たされる視界とそれでも伸びている自身の力無き指先だった。次第に目の前は真っ暗になり、身体の感覚が戻るころにはもうすでに海の奥深くへと沈んでいた。


死んだのか?俺は


復習を誓ったのに。


動かなくなったのか?この体は


あいつに後悔させると意気込んだのに。


俺のしてきたことは無駄だったのか?


ただ、妹を治したい一心で手を汚してきたのに?


それらは全て言い訳で、自己の保身で、俺には最初から自分の犯した罪に目を向ける事などしていなかった。自分が正しくて、自分が可愛くて、それでも妹は大切で……本当に大切に思っていたのだろうか?妹を助けるというこの行為自体も妹があんな姿になったのに何もできなくてそれを周囲の人間達から責められるのが怖くてやっていたのではないだろうか?


苦しい。


自分は本当はただの偽善者だったのではないだろうかと想像するのが苦しい。


そんな海中に不思議と声が聞こえてきた。誰かを呼んでいる声。こんな海の底に音など聞こえるはずもない。きっと自分が苦しむ醜い声だろう。だが、声は次第に大きくなってきた。


『……ん』


『……いちゃん』


『お兄ちゃん!!』


はっきりと聞こえた。そして、聞き覚えのある声だ。突拍子もないことを言っては黒い空気をどこかへ吹き飛ばしてしまう透き通った、だけど幼い声。


刃音いもうとだ。


妹の声が聞こえる。


なぜ、こんな海のそこで妹の声が聞こえるのかは分からない。だが今は、この声の方へと向かった方がいい気がした。身をひるがえし、声の聞こえる方へ手足をバタつかせる。呼吸はできていないが、この声を聞くと不思議と苦しさを紛らわすことができる。そして、さらに深く潜る。ずっとずっと深く。そして、手元は次第に明るくなり、俺はその光に手を伸ばした。


暖かい光。


その光を引っ張ると、俺はあまりの輝きに目を閉じた。


瞼を開けると、そこには白い空間が広がっていた。何もない。方向も、進路も、無限に宙を舞っている感覚。ただ、歩く事はできる。文字通り、道なき道を歩くといきなり、パチンという音がした。そして、目の前に突然人が現れる。玉座に座った人影。顔はうつむいていてよく見えない。だが、その顔がゆっくりとこちらへ向く。その顔に俺は衝撃が走った。


自分自身


紛れもない、間違えようがない自分の顔。


そんな突然の事に唖然としていると俺の顔をした何者かは口角を上げる。


『やぁ、こんにちは。』


爽やかな声は俺のものでは無かった。というか、自分の知っている人の声が何重にも重なって聞こえる。

「お前は誰だ?」


俺の顔をした何者かは、玉座に座り直し改めて顔を合わせる。次は大罪の色欲の顔になっていたが相変わらず声は重なったままだ。


『自己紹介が遅れたね。僕は君であり、他人である。始祖であり、終焉であり、1と0であり、全であり、個である。だけどそのすべてに属さない者でもある。名前はないけど、強いて言うならば……”神”かな。』


戯言を…と思ったが、容姿が一定間隔で揺らぎ、声もそれぞれバラバラである。しかも、この”状況だ。目の前の正体不明の人物が”神”と信じざるを得ない。俺は反論せずに


『「目の前の正体不明の言葉を無言で待つ。」だろ?』


「な……」


「何でもわかるさ。神様だからね。君のこれからの選択も、この世界の行く末も。過去も、現在この世界がどうなっているのかもね。」


圧倒される。心も読めるし、干渉もしてくる。


「妹を救う唯一の方法教えようか?」


突然、神はそんな事を言った。俺は目を見開き、玉座の方へ近寄る。


「妹が助かるのか?!」


「もちろんさ。でも、君は今、罪人だからな~この方法が悪用されると困るんだよな~」


罪人……か。頭に血が上りそうになったが、すぐに冷静になり、確かにと納得する。


「俺はどうしたら、許される?どうしたら、罪を償える?」


神は驚いたような表情で玉座を降り、俺の方へと歩み寄る。


「罪を償うには、次は七つの大罪と契約するんだ。そして、主従関係も何も関係なく、君はこの世界を救えばいいんだよ。」


「大罪と契約を?」


「そう。君は”主人公”だからね。」


主人公?まるでこの世界が物語のような口振りに俺は少し頭が混乱する。

だが、神は続ける。


「主人公は強欲となって仲間の大罪と一緒にマモンを倒し、世界を救う物語だよ。」


正直、訳が分からない。

物語の主人公とは、常に他人の事を考え、他人の為に自己を犠牲にし、他人に絶望するが、それでも他人を助ける存在の事だろう。英雄の事だろう。ヒーローの事だろう。俺にはそんな思いはない。別に自分の周りが平和であればいいし、他人の不幸なんてどうでもいい。

常に自分を一番に考えている俺には無理な話しだ。


『でも、君の言うそれは君の理想の話しだろう?英雄や、ヒーローひいては主人公なんて皆自己中心的な奴ばっかりさ。愛だの、平和だの、他人だの、どうのこうって、結局、自分が気持ちよくなりたいだけの奴らばかりなんだよ。』


「そっか、それは確かに俺みたいな奴らばっかりだな。」


『しかも、君は強欲だから、それらよりももっと質の悪い主人公さ。』


そんなものは極論だ。と言い返したかったが、だが、なんだかとても心が楽になった。


「それなら、俺は極悪人でかつ主人公でもいい。罪を償おう。」


そういうと目の前の神は光り輝き、俺は思わず目を閉じた。











『お兄ちゃん。私ね、大きくなったらお空を飛んでみたい。』









ご都合主義だと思うか?



やっぱり、こんな流れになると思うか?



分かっている。俺だってこの状況はとても都合がいいと思っている。



都合よく神が現れ、都合の良いこと言い、そして、都合のいいことに主人公という名詞までもらった。


刃音。お兄ちゃん。必ずお前を助けて見せるからな。だから、お兄ちゃんに力を貸してくれ。


身体は軽くなり、それは海水を切り、海上へと飛び出た。






──────主人公が確定しました。






🐦🐦🐦🐦🐦🐦🐦



翼が海上へ飛び出すと同時、マモンの放った理想郷への足がかりゴールデン・ヴァレットが目の前に現れる。状況を即座に判断した翼は怠惰の能力で時間を遅くする。そして、自身の速さを二倍にして、傲慢の能力と嫉妬の能力を混ぜて使う。闇と光。その両方が混ざり合い、そして、次第に大きくなる。その塊を維持したまま次は色欲の能力を使い、海底の砂を根こそぎ集め巨大な剣を作る。その剣に先程の莫大な闇と光のエネルギーを纏わせ、



大振り。



怠惰の能力もあってか、理想郷への足がかりゴールデン・ヴァレットはいとも簡単に切断される。残った破片が周りへ被害を出さないように次は暴食と嫉妬の能力で破片を全て吸い取った。


この間わずか1秒。


能力を解除後、マモンと視線がぶつかる。


「貴様。生きていたのか。」


「おう、残念なことにな。」


そして、マモンは翼の全身を観察する。先程よりもパワーアップしている。背中には何か透明なものを纏っていて宙に浮いている。大罪の力も段違いに上がっている。


あいつか!!」


マモンは空を睨み、口を歪ませる。


「俺から、目を離すなよ!!」


マモンが空を見上げていた一瞬の隙を突き、翼はマモンと間合いを詰める。


「なっ!」


マモンは間合いから抜け出そうと怠惰の能力で翼と距離を取ろうとするが、翼も能力を使い、マモンを追いかける。だが、なにかがおかしい。違和感を感じたのは最初。それこそ、光の破片を集めるところだった。全く目で追えなかったのだ。そして、今、能力を先に使用したのにも関わらずこちらと同等、いや、こちらよりも速い速度で追いかけて来る。


「貴様ぁ、何の能力をもらった!!」


剛 翼つよし つばさの授かった能力、それは、剛翼ごうよく

能力説明。つよく羽ばたく翼を出すことができる。翼と言っても空気の集合で物理的に触れることはできない。ただ剛く羽ばたくだけの能力だが、一度の羽ばたきで時速は約300㎞出る。この能力プラス、怠惰の能力を使えば、マモンに速度で負けることはない。


「人間如きがぁ!!」


「その如きに速度で負けているお前は何なんだろうな?」


マモンは嫉妬の能力と暴食の能力でブラックホールの剣を作り、振るうが、その攻撃は翼に当たることはない。


「ほら、どうした!!攻撃当たってねぇぞ!!もっと本気でこいやぁ!!」


────────────


上空での激戦。やっとの思いで身体を元に戻した神使の二人はその速すぎる攻防を見る事すらも出来なかった。衝撃音と衝撃波のみが見える状態に二人はただただ溜息をつく。


「さて、これで、今回の物語は終わりだな。帰ろ帰ろ。」


「そうですね。これ以上俺らがいても無意味だ。」


二人が空白へ入ろうとすると、名もなき者が空白化rあ出てきた。


『やっほい。』


「お前、そんな遊び半分で外出ていいんか?」


「空白でも見れるでしょうに。」


名もなき者はその場に砂の玉座を生成すると腰掛ける。


『物語はライブ感が大事ってね。そんな事より、二人もこの戦いの行く末を見て行こうよ。』

「よく言うぜ。結末はもう決まり切ってるのによ。」


「というか、今回この世界を救うためだけの出来レースですよね?」


事前に結末を聞かされていた二人は、もはや自分の刑期は今回二の次三の次の状態になっていることに深く溜息を吐いていた。


「結果発表は目に見えてるからなぁ~嫌だな~」


「結局、主人公を一人決めるためだけの駒になったのを考えると、今回俺たちのしてきた事無意味かつ無駄だった。」


『まぁ、そんなに気を落とさないで。ほら、そろそろ、決着だよ。』


「それよりも、あいつの妹の件。本当に生き返らせるのか?」


神は龍兎を見て首を傾げる。


『何のこと?僕、一言もそんなこと言ってないけど?』


「ですが、救える方法がこの世界を救うことだって……」


『もちろん、ただ、妹を生き返らせるなんて一言も言ってないよ?』


「じゃ、どうやって妹元に戻すんだよ。」


『彼の能力ってさ。怠惰の能力と合わせるとめっちゃ速くなるじゃん?それよ。』


「どれですか?」


『まぁまぁ。そんな事は今はどうでもいいからさ。ほら、決着が着いたようだよ。』


神は自分の目を使い、翼とマモンの戦闘を虚空へ投影した。


────────────


嘘だ、私は1億の御霊で完全に復活し、強大な力も手に入れている。なのになぜこいつに攻撃が当たらない?おかしい。何かの間違いだ。完璧な作戦で完璧に復活したはずだ。なのに、こんな、羽ばたく速度が速くなるだけの能力に手こずるなど……


「ありえん!!ありえんありえんありえんありえん。あ!り!え!ん!!!!」


剣は確実にこいつの間合いにある。後は当てるだけだ。簡単なことなのに……

いつだって、人間をかどわかし、富を、名声を、運を引き寄せてきた。取ってきた。奪って奪って、頂点へと昇りつめた。なのに……


「この虫けらがぁぁぁぁぁぁ!!」


「その虫けらにお前は今から負けるんだよ。」


最後の力を振り絞り、私は頭上に大玉を作る。


「おいおい、最初のに比べてちんけな玉だなぁ。それで俺をれんのかよ」


挑発的にこちらを見ているその顔を悲痛と後悔で染めあげてやる!!!


「後悔するがいい。理想郷への足がかりゴールデン・ヴァレット!!!!」


大罪の大剣シクシズダモクレス!!!」


両者の技の激突。海上は激しく波打ち、雲は散り散りになり、大地はまた地形を変えた。

翼が上、マモンが下に降り、力は拮抗している状態だ。次第に、翼は能力の連続使用もあってかマモンに押され始める。これを千載一遇の勝機とみたマモンは自分の中にある魂も使い、理想郷への足がかりゴールデン・ヴァレットの威力をかさましする。


「ちっ!」


「ここまでよく頑張ったな、人間!!誉めてやろう!!!だが!!!この戦い!!私が勝つ!!!!」


契約した時と同じ影のような姿のマモンは黄金の瞳をニヤつかせながら、じりじりと翼を押す。翼も負けじと剣を振るうが、それでもあともう少し力が足りない。そして、目と鼻の先まで理想郷への足がかりゴールデン・ヴァレットが迫ってきた。


「くっそぉぉぉぉぉ!!」


『力の使い方がまだなってないな。ゴミクズ。』


聞き覚えのある声。高飛車に毎度こちらが命令しても聞く耳も持たなかった堕天使の声。


『面倒ならば、やめてしまえば良いのに。』


人の話を聞いているのかそうではないのか分からないぐうたら悪魔の声。


『こんな、雑魚に負けるなど許さんからな!!!怒れ!!!』


いつもいら立っているケモノの声。


『喰らいつくせ。完膚なきまでに。』


いつも腹の虫を鳴らし、そこらの草木もためらいなく平らげるトカゲの声。


『いいよねぇ。あいつの力。とても妬ましくなってしまう。』


いつも誰かをうらやましがっている水龍の声。


『あらぁ、アタシのハートは簡単に奪ったのにこいつのは奪えないわけ?♡』


色欲のくせに子供好きで卑猥な事に無頓着な淫魔の声。


「うるせぇな……お前らも力を貸せや……!!」


『仕方のない奴だ。』


大罪は剣に力を与え始める。金色、紫、朱、黒、藍、赤……そして、白。七つの大罪の力が今一つになる。


七大罪の大剣セブンスエンド!!!」


マモンは理想郷への足がかりゴールデン・ヴァレットごとその歪な七色の大剣に真っ二つに切断された。


マモンの視界は二つに割れる。宙に浮いていたマモンは灰になりながら、大地へと落ちた。


「は?」


何が起こったのか理解できないままマモンは降りてきた翼をにらみつける。


「許さない!許さないぞ絶対に!!まだ、ここに一つ。魂が残っている。これがあれば、私はまた、最初の姿に戻れる。待っ……い…………ろ……今……………とり…こん……で」


「もう無理だろ。そんな身体じゃ。」


「ほざけ……今に…分かる。」


マモンは最後の魂を取り込んだが、その魂は力無く散っていった。その最後の綱を失ったマモンの顔は一瞬にして恐怖に染まり、消えゆく体を見ながら震えはじめる。


「い、嫌だ。死にたくない。」


「どうせ、あの世で牢屋に入れられるんだろ?死なないじゃん。」


「あんな、自由のない場所なんて私は死んだも同然だ。金と酒と女をくれ…」


マモンはその言葉を最後に灰となって消えていった。


「お前のモンなんてここには何一つねぇよ……あの世でむせび泣け……」


翼は丘のあった更地を見てただただ溜息をついた。


続く。

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