黒い雲が町全体を見下ろしている。その中で一人空になった胸を抱き雨に濡れる少年が一人涙を流している。その少年に近づく少女が一人。少女は少年の肩に静かに手を置く。
「彩虹寺か……」
彩虹寺は優吾の肩に手を乗せたまま手を伸ばす。優吾はその手につかまり立ち上がる。そして、自らの意志で首にかかる形見の石を彩虹寺へ渡す。
「確かに没収した……」
「あぁ…………俺は……もう、帰っていいよな?」
「待て、班長達が来るまで私と一緒にいろ。」
話を聞いているのか聞いていないのか優吾はなま返事をして彩虹寺と共にドームへと歩こうと一歩を踏み出したが無言でそのまま倒れる。歩き始めていた彩虹寺は優吾の倒れる音と共に慌てて優吾を担ぎながら星々へ通信をする。
「こちら、彩虹寺。監視対象へ追いついた。誓約違反のため例のモノは没収した。監視対象は突然倒れたため近くのドーム内にいます。」
『了解。僕らもそろそろ着く。その間、どこか異常がないか診ててくれ。』
彩虹寺は通信を切ると、ドーム内へ入りスタッフに事情を話しロビーを使わせてもらえることになった。ロビー内は会場の盛り上がりが重低音の震えとなって伝わってきている。
気を失ったままの優吾の顔を見つめる。ふんと鼻で息をすると、優吾の心臓の音を聞き、脈を図り、腹部を触ったり、どこかに外傷がないか手を診たり体を診たりする。外傷もなく、気になるところもない。魔力量は、優吾事態に魔力が通っていないので異常はもちろんない。診終わった彩虹寺は優吾の身なりを直し、雨に冷えた体を温めるように上着で羽織ってきていたカーディガンを優吾の体にかける。30分後に星々たちが到着すると彩虹寺は優吾の石を星々に見せる。
「確かに本物だね?それじゃ、預かるよ。」
彩虹寺はそのまま優吾の方へ案内し、星々が改めて優吾の体を診る。彩虹寺の時と同様に優吾の体には異常は見られず、星々は首をかしげる。
「ここじゃ内部まで見れないからとりあえず本部へ運ぼうか。」
了解という一班の面々は優吾を負ぶった星々の背中へついて行く。ドームを出ると、星々は本部へと通信を入れる。
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ライブ1日目が終わり、スタッフが明日の準備をしながら、今日のライブの片づけをする中、葵の楽屋ではライブを終え、帰宅準備をする葵とマネージャー、二班の面々が並んでいる。四夜華はマネージャーと向き合い話し合いをしている。
「さてと……脅迫文を送りつけた犯人と会場の強酸黒キャップは同一人物だとじんも……ごうも……取り調べで分かったんでひとまず安心ですよ~」
「いや~一時はどうなるかと……対策機関の皆さんありがとうございます…。」
「感謝はまだ早いですよ~明日まで一応任務ですんで~」
そうでした。とマネージャーが照れながら頭を掻き、楽屋内には笑いが起こる中、葵は鏡を見つめながら静かにため息をつく。その様子に初風が気づき、葵へ近づく。
「ど、どうかしましたか…?」
不安そうな初風の視線に気づいた葵は微笑み、何でもないと帰宅準備の手を再び動かし始める。帰宅準備を終え、スタッフに挨拶をすると葵とマネージャー、二班の面々はドームを後にする。すっかり雨が上がった夜空の下、マネージャーはこれから事務所へ戻り明日の準備をするようで葵は二班全員と自宅へ向かった。
「今日も泊まるんですか?」
「そ~なの~。任務が終わるまではボクらも護衛対象と一緒にいないといけないからさ☆あ、あと、今日は、ボクが葵ちんと一緒だからね☆」
葵は分かりやすく嫌な顔をすると窓の外へ視線を向けた。不満そうな葵に四夜華が何か閃き近くのホテルへ電話を入れる。その様子に海辺は助手席から口を出す。
「班長?何してるんですか?!」
電話を終えた四夜華は海辺にニコリと向き直り、口を開いた。
「いや~明日で終わりじゃん?だから、今日は皆で葵ちんの家に行こうって思ってね☆」
「いや、「思ってね☆」じゃ、ありませんよ!班長と初風ちゃんは女子だからいいですけど、僕と陸丸は男ですが!?」
「気にしない気にしない☆何か間違いがあったらボクがどうにかするかさ☆」
「信用ならない……というか、葵さんの意見を聞いてません!葵さん的にはどうなんですか?」
葵は視線を車内に戻し二班の様子を見ながら、思わず笑みをこぼし返事をする。
「いいですよ私の家広いですし。」
葵の笑顔を見て二班の面々はまたそれぞれ騒ぐ。
葵宅へ着くと二班の面々は持ってきている最低限の荷物を持って中へ入る。
「それじゃ~女子組は先にお風呂しようよ☆」
四夜華はしっしと海辺と陸丸を追い払うと海辺と陸丸はリビングダイニングにある食卓の椅子に座る。そして、陸丸は本を取り出し札を持ち出す。海辺はその様子に集中し始めた陸丸へ質問する。
「久しぶりだね。陸丸が任務中に札の改良をするなんて、今日の札は何か気に入らなかっらの?」
「……あ?あぁ……そうだな。発動がコンマ2秒遅れてた。今、不要な術式を視てる。」
「そうなんだ。相変わらず発動時間を測ってるんだね。」
本を見ながら、札の一部分を書き換える。
「そら、そうだろ。コンマ2秒遅れるだけで死ぬ命もあるんだからな。」
沈黙が流れる中、海辺は思い出したように陸丸に質問をする。
「そうだ、例の監視対象者さんのその鎧見てどう思った?」
「あ?あれか。」
陸丸は手を止め、札をしまい本をたたむ。
「ありゃ俺でもわからん。まず、あの中に魔術式と魔法式もある。に加えて錬金術の式とかもあったからあれは、相当に頭のおかしい奴が作ったもんだな。」
「一回見ただけでそこまで解読してるんだね。」
「いや、分かるだろ……そういや……」
次は陸丸が思い出したように海辺へ質問する。
「監視対象が戦闘したらあの石没収するんだろ?」
「そうみたいだね。それが?」
「あの石きちんと視てねぇからさ……一応術式マニアとしては気になるわけよ…」
そして、海辺と陸丸がそのまま話しをしているとどたどたと廊下がうるさくなる。その音へ目を向ける二人の視線の先に入ってきたのはバスタオルを巻いた四夜華だった。茶色の髪が濡れており、風呂上りだとわかる。そして開口一番近所迷惑にならない程度に大声を出す。
「お前ら!男なら女のお風呂ぐらい覗け!」
「いや、開口一番何言ってんですか班長。」
その後ろから初風が出てくると四夜華の手を引く。
「は、班長…恥ずかしいのでやめてください……」
「は、放せ初風ちん!こいつらには自分が男だって自覚させねぇといけねぇんだ!!」
海辺も陸丸もため息をつき顔を見合わせる。
「副班長。あの変態どうにかしろ。」
「いや、僕には荷が重いよ……」
そんな二人の間にバスタオルがはだけ生まれたままの四夜華が入る。
「男ども!見ろ!これがボクの美しいBodyだ☆」
二人は目を隠しながら、四夜華から顔をそらす。
「服を着ろ!莫迦!酔ってんのか?!」
「いや、素面」
「なおさらやべぇ奴だろ!」
「は、班長~」
そんな二班のわちゃわちゃを鶴の一声で葵が鎮める。
「女性陣は終わったんで、男性陣早く入ってください。」
顔を覆いながら海辺と陸丸は浴槽へ向かった。
このような感じに騒がしい夜が更け、ライブ二日目も何事もなく終わるのであった。
20:了