ミルザム=ガゼルフォード
風の大魔導師 テンペスト=ガゼルフォードの子孫とされる風魔導の名家ガゼルフォード家の出身の人間である。名家出身の彼だが、魔術や魔法の腕は一般人並みで、先祖や他のガゼルフォードの人間のように何か秀でたモノがあるわけではなかった。だが、家族は先祖代々から伝わる家訓「自由に伸び伸びと」の教えを守り無理に魔法や魔術を教えようとはしなかった。小さなときから動物と触れ合うのが好きなのがわかると家族すぐにその動物好きを伸ばそうと動物関係の仕事の資料や知識を彼の手元にある状態にしてくれた。
「魔導の名家だからと言って無理に魔法や魔術を覚える必要はない。もちろん、君が教えてほしいのなら魔法も魔術も教えるけどね。まずは、自分がどう幸せになるかを考えてそれから魔法や魔術で悩もう。」
そんな優しい父親の言葉もあってか、ミルザムは見事、獣医師の免許を取得し自分の病院も持った。家族は皆泣いて喜んでくれたし、祝ってくれた。そんな家族が幸せに生涯を閉じる中、ミルザムは自分の家族も持ったし毎日が幸せだった。唯一の不幸は妻と娘が事故に遭い亡くなったことだけだった。最初こそ、悲しみで自殺も考えたが、今は自分が妻と娘の分まで最後まで生きようと前向きになっている。そんな再起の人生の1ページが時間という風でめくれていく日々。自宅と一体化した病院の院長室で今日来たクロッキオ=シュバルツのカルテと資料を見返す。
「ふむ…この子…やはり数十年前にも一回こっちに来てワクチン接種まで受けているな…」
毛艶の良いクロッキオだと思ったミルザムは久しぶりにカルテをひっくり返して全てのカルテを読み返して今に至る。数時間、紅茶を飲みながら読み返していたのでさすがに催してきたミルザムはカルテを広げたままトイレへ向かった。数分後、トイレの後にまた紅茶が欲しくなったミルザムはついでに冷蔵庫から作り置きの紅茶を持って部屋へ戻る。ドアを開くと、窓が開いており、何者かが入ってきていた。人影はわずかな明かりに照らされるが、黒のローブで顔までは見えなかった。
「私の部屋で何をしている!?」
ローブは口元が見え、ニヤリと笑うのが見えた。ミルザムはそのローブの手に持っているのがカルテだと気づくと手を構える。
「カルテを盗んで何をするつもりだ!エアロボール!!」
思い切り魔法を放つが、魔法はあっさりと避けられ、ローブに背後を取られる。そして、何か鋭いものを背中に押し当てる。ミルザムは動けずに汗を流す。
「な、なにが、目的だ?」
ローブの者はヒヒッと短く笑い話を始める。
「ミルザム=ガゼルフォードさん。あなたに協力してほしい。あなたの魔獣の研究の知識を我々に貸してほしい。」
「何をバカを言っているんだ!君のような泥棒まがいの者に私の研究知識を貸すなど言語道断だ。去り給え。」
ローブはそうかと短くつぶやくと口角を下げ、背中に押し当てている突起物をミルザムへと差し込む。ナイフにしては細く、短い。そして、何かを注入されたミルザムは慌ててローブから離れ背中を確認する。
「私に何を注射した!?」
ローブは手に持っていた注射器を見せて、さぁねというとそのままミルザムがいるにもかかわらず窓へ向かって飛び込む。ミルザムは後を追いかけようと窓の外を見たが、ローブはすでに影も形もなくなっていた。
やがて、視界がぼやけてきて、メガネを外し、ミルザムは机に寄りかかり気を失った。
──────魔法術対策機関 医療班 研究スペース──────
成分分析結果 100g/中
鉄 ……%
アルミニウム ……%
ナトリウム ……%
マグネシウム ……%
カリウム ……%
ケイ素 ……%
etc.……
一般的な石の成分表が印刷され、魔法術対策機関 医療班 女医の博子はその髪を見て机に捨てるように置く。次に魔力分析をするために機械に置く。数分すると先ほどと同じように神が印刷される。そこで目を見開く。
魔力 0%
全く魔力がなかったのだ。
「これは……この石は、なんなんだ?」
博子はその結果を代表 遊馬 冬至と一班 班長 星々 琉聖に報告するためパソコンへ向かう。
──────晴山 優吾宅──────
一夜明け、カァカァという鳴き声と共に優吾は目を覚ます。フンフンという息遣いに真横を見ると黒い塊が蠢いており驚いたが、すぐに昨日手当てしたカラスだと認識すると手を伸ばして頭をなでる。
「クロスケおはよう……」
カラスはクロスケという名前に反応し、カァと鳴くとぴょんぴょんと跳ねてベッドを降りそのまま部屋のドアの前に立って跳ね続ける。ご飯が欲しいのかと優吾はドアノブを回し部屋を開ける。換気をしているとはいえエアコンはまだ直っていないので部屋からは熱気が逃げていく。下へ降りるにつれ、涼しくなるのを感じる優吾はリビングへとたどり着く。あっ…と短く声を上げると彩虹寺を泊めていたのを思い出す。ダイニングからは香ばしい匂いがしてくる。音に気づき足音がリビング側へと近づき優吾の母の服を着た彩虹寺が顔を出す。
「起きたか……カラスのおかげか?」
カァという鳴き声と共にクロスケはドヤ顔をすると、優吾を見る。優吾はかがんでクロスケを抱き上げ頭をなでる。
「おう。クロスケのおかげで起きれたわ。」
「毎日起こしてもらうといい。」
彩虹寺はダイニングの奥へ戻り朝食の準備を再開する。優吾はクロスケを撫でながら椅子へ座り、朝食の完成を待つ。その間、カラスが食べて大丈夫なものを調べる。
「なになに……雑食性で果実に小動物、昆虫に動物の亡骸生ごみも喰うんかお前ら……」
クロスケは優吾の方を見ると首をかしげる。優吾はスマホを机に置くと冷蔵庫に向かう。
「果物……果物……」
冷蔵庫内を確認するとリンゴが一個見える。それを手に取るとキッチンへ向かう。そして、朝食が乗った皿を持った彩虹寺と目が合う。
「なぜ、リンゴ?」
「クロスケの分の朝飯。」
「果物を食べるのか?」
「カラスは雑食だから大丈夫だってネットに……」
「だが、あの子はカラスでなくてクロッキオ=シュバルツという魔獣だとミルザム先生が言っていいただろう?」
クロスケは二人と目が合うとドヤ顔をする。二人はその様子に少し微笑みながらも優吾はカラスと同じだろと言って手を洗い包丁でリンゴを切り始める。彩虹寺は優吾の分の朝食も食卓へと持っていき先に朝食を食べ始める。優吾は簡単にリンゴを切りさらに乗せて食卓へと持っていく。クロスケは皿に乗ったリンゴを見るとぴょんぴょんとイスの背もたれ部分で跳ねる。優吾も食卓へ着き、さらに乗った彩虹寺が作ったトーストを頬張りながらクロスケへリンゴを渡す。クロスケはリンゴを片足で持つとそのままくちばしで丁寧についばみ始める。
「うまいか?」
カァと鳴くとクロスケは再びリンゴをついばむ。人間を朝に起こしに来る。人間にいきなり抱えられても抵抗しない。返事に答える。人間の出した物を躊躇なく食べる。このカラスはもしかしたら誰かに飼育されていたのではと思いながら優吾はクロスケの頭を撫でる。その様子を見て彩虹寺は微笑みながらしゃべる。
「ペットを飼うのは初めてか?」
「いや、犬を一匹飼ってた。というか、俺はやけに人に慣れてるなと見ていただけだ。」
「その割には表情が緩いがな。」
うっせっと優吾はトーストを食べ終わると食器をシンクへ置く。そして席へ戻りクロスケの方へ目を向ける。クロスケは切ったリンゴを二切れ食べ終わりこれ以上は食べないといった様子だった。
「んじゃ、昼か夜の分で取っておこう。」
カァと鳴くとクロスケは頷く仕草をする。そのしぐさにふっと短く笑うと優吾はリンゴを冷蔵庫へと入れた。彩虹寺も朝食を食べ終わったのか食器をシンクへ入れる。
「あぁ、洗い物は俺がやるからクロスケの相手してやってくれ。」
彩虹寺は分かったとクロスケの方へ近づくとクロスケもぴょんぴょんと跳ねて彩虹寺へと近づく。クロスケは彩虹寺の膝の上に乗ると撫でるようにくちばしで彩虹寺の手を軽く咬み翼の方へ誘導する。彩虹寺もされるがままにクロスケの翼を撫でる。皿洗いを済ませると優吾は彩虹寺と対面に座る。優吾が皿洗いを済ませるとクロスケは彩虹寺の膝元から離れ優吾の方へ向かう。そのまま先ほどと同じようにクロスケは撫でるように催促し優吾はクロスケを撫で始める。そのまま優吾は彩虹寺へ話しかける。
「で、これから、お前はどうすんの?今日もなんかお詫びしてくれんの?」
「ば、バカを言うな……!その、君が本当に何もないというのならば、これ以上はしない。」
「あっそ。ま、俺もそんな気遣いしてほしくないから別にいいけど…」
数時間後、彩虹寺は昨日のワンピースを紙袋に入れてもらう。
「んじゃ、服はいつでもいいから。」
「あ、あぁ分かった…それでは…」
彩虹寺が帰り、優吾の家は静まり返る。
「ふぃ~さて、俺はもうひと眠りするか…?」
石を没収され、最近の状況は分からないが優吾のストレスは明らかに以前より減っている。
あくびを一つするとリビングへと戻る。ドアを閉じた瞬間、窓ガラスがはじけ飛ぶ音と共に振り向きざまの優吾は気を失った。
22:了