互いに拳を振るうが二人の拳はぶつかり合うだけだった。方や白い鎧を纏う晴山優吾。方や金色の瞳を持つカラスの魔族。互角に思える両者の拳は、優吾が短く気合を入れるように声を出す。その気合いでカラス魔族は押され始める。
「カァ……」
カラス魔族はそのまま優吾に押され飛ばされる。
「おら、立てや……まだ終わってねぇぞ……」
カラス魔族は優吾の殺気に首を傾げ立ち上がる。そのままステップを踏むと高速で動き始める。優吾はその速さに目が追いつかず翻弄される。カラス魔族は優吾へ距離を詰め蹴りの構えをする。優吾はその蹴りを防御しようと腕を前に出したが、防御は意味をなさず腹部へ衝撃が走る。
「がぁ……!?」
カラス魔族はそのまま高速移動を続けさらに追撃を始める。連続の蹴り、小石の投擲による中遠距離の攻撃、風魔法による攻撃の妨害。優吾は手も足も出せずに森の最奥へ追い詰められる。
「こいつ…強い……」
カラス魔族はボロボロの優吾にゆっくりと近づき完全に弱っているか確認する。優吾は近づくカラス魔族の拳を振るが、カラス魔族はその攻撃をひらりとかわし優吾との距離を詰める。そして優吾は打開策を探すため、辺りを見渡すが、湧き出た湖しか目に入らない。
「水……?」
優吾は何かをひらめき湖へ走り出す。カラス魔族は意図が分からずにそのままゆっくりと優吾を追いかける。優吾は必死に走りそのまま湖へ飛び込んだ。そのまま泡立つ水面を見つめる。泡が完全に消えたのを見たカラス魔族は任務を失敗と認識し踵を返してサソリとエファの元へ帰ろうとするが、水面から這い上がってきた音を耳にすると湖へ目を向ける。そこには地べたに這いつくばるずぶ濡れの優吾がいた。
「言ったよな?許さねぇって……」
──────明鏡止水の心、揺らめく水面の如く
邪なる心、浄める様に──────
「心知り、心を鎮める……
水のベールを引くと水の鎧を纏った優吾が現れる。そのまま手を前に構え、カラス魔族を挑発する。
「こいよ……鳥野郎……」
カラス魔族は先ほどの様に高速移動しながら優吾へ近づいた。
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揺らめく炎の中、魔法術対策機関 第三班 班長 熱傷原一心はタバコを取り出し、倒れた
「……まだ、やるか?力の賢者とやら……」
エファは大の字になり息切れをしている。ぼやけた目を開きよろめきながらも立ち上がる。
「俺らの目的はいなくなった……これ以上戦ってもメリットはない……退散させてもらう。」
そのままびっこを引きエファは一心から距離を取るが、一心は無言で刀を投擲しエファの行く手を阻んだ。
「おい、待てや……まだ、落とし前つけてねぇだろうが……お縄につけ……」
「断る。
エファはボロボロの体で構え抵抗する意志を見せる。一心はその態度に片翼の炎の火力を上げ首の骨を鳴らす。
「そうかい…それなら…………」
そうつぶやくと一心は一帯を炎でつつみエファの逃げ道をなくす。エファはその異常な魔力量と殺気に後ずさりする。
「これが……」
「そうだ……お前が望んでいた
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「
覇々滝 朱晴は無数の斬撃でサソリを攻撃するがサソリには傷一つもついていない。
「そろそろ、やめませんかぁ?私、飽きてるんです。」
朱晴はその態度に怒りが湧くが、あまりの力量にその怒りも絶望へ変わる。必死に刀を振るうが、その切っ先はサソリの銀色の体に傷をつけることはない。
「
サソリはため息をつきながら朱晴の斬撃をくぐり抜け、一気に距離を詰める。目の前に現れたサソリに朱晴は一瞬ひるんでしまい隙を作ってしまう。サソリはそのひるんだ一瞬の隙をついて余裕の笑みで朱晴の首を掴む。
「かぁ……あ……う……」
「先ほどまでの威勢はどこへぇ?そんなんで私を倒すことなんかできるんですかぁ?」
サソリはさらに追い打ちをかけるように朱晴の刀の刃を掴み自分の首元へ思い切り押し当てる。
「ほら、ここですよ。コ・コ…ちゃんと狙って切って下さいね?」
首を掴まれたままの朱晴はサソリの言葉通り刀を思い切り振りかぶり、サソリの首へ切り付ける。だが、サソリの首には刃が全く通らず、それどころか朱晴の刃にはヒビが入りそのまま折れて風のように刀自体が消えてしまった。
「おっとぉ……時間切れ?それとも、戦意喪失ですかねぇ?」
サソリの手に力が入り、朱晴の器官を閉めて呼吸をできなくしていく。朱晴の顔はだんだんと青くなり瞼が下がっていく。
「ははっ…このまま楽になってください……」
朱晴の首を締める勝利を確信したサソリの背後に魔力を感じ取った。サソリは微弱なその魔力へ反応し、視線を向けた。そこには、仮面をかぶった黒ずくめが立っていた。この魔力に覚えがあるサソリは思い出そうと首を傾げながら朱晴から手を放す。
「あなた……どこかで会いましたか?」
仮面の男は無言で朱晴を指さす。サソリは朱晴へ視線を向けて口を開こうと仮面の男へ向き直ると男はすでに距離を詰めており、右の拳をサソリの顔面へ当てる。
「くっ……不意打ちとは……」
仮面の男は朱晴を抱えるとボイスチェンジャーで変えられた声でしゃべり始める。
「この子は返してもらう……あと、私と君は初対面だ……」
サソリは首を傾げ再度魔力を感じ取ろうと仮面の男を睨む。だが、仮面の男はサソリへ迫り再び拳をぶつける。サソリが吹き飛び目をそらした隙に仮面の男は朱晴を抱えたままその戦闘から離脱した。体勢を立て直したサソリは感じ取った魔力の持ち主を思い出す。
「くっ……あの男ぉ……!」
サソリはそのまま地面を叩き森の奥へと消えていった。仮面の男は気を失った朱晴を抱えながら、魔法術対策機関のデバイスの反応を頼りに一心を探す。画面に集中していたが、焦げ匂いが鼻孔へ入るとその方向へ目を向ける。
「探す手間が省けて助かるよ、一心。」
燃え盛る炎の元へと飛んでいく。
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カラス魔族はボロボロの優吾へ近づき、改めて弱ったか確認する。優吾は意識を保ったまま、だが、手足が動かせないままカラス魔族をにらみつける。
『か、勝てなかった……』
水の魔装で挑んだが、攻撃をいなそうと、再生力があろうとも水の魔装の動きではカラス魔族には意味をなさなかった。攻撃をいなそうが、素早い動きで次の攻撃が来る。
そして、何より、優吾の戦意を喪失させたのはカラス魔族の正体だった。
「じいさん……」
水の魔装の能力で相手の深層心理が頭に流れてきてしまう。その能力のせいで正体を知ってからは優吾は攻撃の勢いが落ち始めて、カラス魔族に攻撃させる隙を作ってしまったのだ。抱えられる優吾は魔族になったミルザムの肩を力なく叩く。
「なんで……あんたが……」
石が没収されてなければ、これは防げたのではないか?
あの時、戦わなければ今、目の前の人を助けることができたのでは?
優吾はそのままカラス魔族に抱えられ、森の奥へと消えた。
25:了