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27:烈風

幼稚園を卒園して私の世界は一転した。父は母を捨てて逃げて消えた。母は身体が弱いながらも働けない私のために笑顔で働きに行く。そんな母の体はすでに限界を超えているのを私は知っていた。だから、私も少しでもお金を稼いで母を安心させたかった。学校終わりに近所の八百屋や質屋さんで特別に雑用の手伝いをして小銭を稼ぐ日々。

そんな日は突然終わりを迎えた。


母が倒れたのだ。


もちろん、病院に行くお金もなく、だからといって、小学校低学年の私がその時役所や相談できる大人を知っているわけもなく、私は学校へ行き小銭を稼ぎ、母の看病をする。二年が経つ頃だろうか、小学校四年生の頃、いつも謝りながらも微笑んでいた母が冷たくなっていた。


あぁ、終わったんだ……


不思議とその時は悲しみも、怒りもなく、ただ、ただ植物の様に静かな無だけが残った。


どうしよう……


大人に知らせようが、お金がかかる。この目の前の母だったモノを私はどうすればいいのだろう……だが、体に見に着いた習慣は抜けず、学校へ行き小銭を稼ぐこの習慣からは抜け出せなかった。そんな時、一人の白髪頭が私へ話しかけてきた。


「そこのチビちゃん。家まで案内してくれねぇか?」


強盗か?それとも警察か?私は考えた末に首を縦に振り、家まで案内する。母だったモノが横たわる布団をめくると黒い靄が音を立てながら舞い上がる。白髪頭はその黒い靄を背中から生えた炎の翼で燃やし尽くした。そして、私の方を見て微笑む。


「頑張ったな…チビなのにここまで……」


そのとき私は初めて涙を流し、その人へ駆け寄って涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔を胸へ押し付けた。そのあとは話がとんとん拍子に進み、私、覇々滝はばたき朱晴すばるは魔法術対策機関で保護された。そして、機関で保護されて二年と少し暮らしたあと、私の人生は二転する。


「お前ら、オレの元に着いたなら、今までの生ぬるい生き方はさせねぇ……覚悟しろ?」


目の前にいたのは私を助けてくれた白髪頭だった。名前を熱翔原ねっしょうはら一心いっしんというらしい。ここからの記憶ははっきりと覚えている。一心班長の顔はいや。体中も傷だらけで片目がふさがっている。私と並ぶ年上の人たちは一心さんの低い声に固まる。


「そら、訓練の時間だ。ついてこい。」


連れてこられたのは、満干から少し離れた山だった。竹刀を持った一心さんは地面を叩くと腰を降ろした。


「て、ことで、この山を10往復から始めるか……」


周りは固まったまま動かない。一心さんは竹刀を叩きつけさらに殺気を放った。


「どうした?契約書にサインした奴らはちゃんと読んでなかったのか?安全な暮らしと収入と引き換えにここでは危険な作業等があるってちゃんと書いてあったろ?ほら、死なないための訓練だ。行け……」


低くうなると大学生くらいの男の人たちは慌てて走っていく。私は最初こそ戸惑ったが、周りに合わせて走り始める。その後も海外の軍隊の映画で見たような訓練の連続だった。大学生さん達は一週間で辞退。その他大人の人たちも一ヶ月で辞退。私と同じ保護された子たちは残っている子もいたが、一年でその子たちは別の班へ異動した。そして……


「ので、残ったのがあの時のチビか……」


「一人でも大丈夫なんですか?」


「まぁ、問題はねぇな……でもここまで耐えた奴は、久しぶりだな。」


地獄の訓練を終えた私は一心さんとマンツーマンで魔法や魔術のことを学んだ。もちろん、その間にも学校で習う学習も学んだ。今までの訓練も継続しながら私は無事、小学校を卒業して中学生になった。そのときに代表から正式に魔法術対策機関 第三班 班員の称号をもらい、今に至る。


目を覚ますと、体中に痛みが駆け巡る。目の前にはさっきまで一緒だったのに久しぶりに感じる班長の顔があった。真っすぐ歩く班長の顔はいつもより怒っているように感じる。


「はんちょー?」


「おう、起きたか……」


はんちょーは止まって私を木の根元に座らせる。


「調子は?どこか折れてるとか、気分が悪いとかねぇか?」


「ないっスね……全身打撲ってところっス。」


「んじゃ、行けるな?」


もちろんっスよ。だって、私はあなたに助けられたのだから。だから私はあなたをそんなに怒らせた奴を潰す。必ず。


「もちろんっス!負けたままじゃ、いられないっスからね……班長。一緒に仇を打ってください。」


「自分の敵討ちに上司を呼ぶたぁ……言うようになったな……チビ。」


私は立ち上がりホコリを払う。そして、班長と並び森の奥へ歩いて行った。数分歩くと、班長はいきなり止まる。


「はんちょーどうしたっスか?」


「この奥、崖下か?そこから魔力がぶつかり合う反応がした。行くぞ……」


新手か、はたまた先ほどと同じか。さらに草木をかき分けて私と班長は進んでいった


───────────


「右上からの蹴り下げ。」


優吾は最小限の動きでカラス魔族の蹴りを躱す。すぐに優吾も蹴りを繰り出す。優吾の蹴りは風の刃を纏い空を切る。だが、カラス魔族は目で見てその攻撃を紙一重で避ける。


「なかなか、決まらねぇな……」


「カァ……?」


カラス魔族は金色の目を光らせ、先ほどよりも速い動きで動き始める。優吾はその動きを追おうとはせずにじっと待つ。そして、目を見開き、未来を視る。


「正面から突っ込んでくる。から……」


足に力を込める。そして、カラス魔族が正面から突っ込んでくる。優吾はそのまま蹴りの準備をする。


引き付けて


引き付けて


そして、優吾は目の前に来たカラス魔族へ右足の回し蹴りを繰り出そうとしたが、その足が止まる。


「ユウゴくん……私を殺すのかい?」


「じい……さん」


カラス魔族の回し蹴りが優吾の顔面に炸裂する。優吾は右へ大きく吹き飛び地面を抉りながら土煙を上げる。そして、立ち上がり再びカラス魔族へ向き直る。


「厄介なことしてきやがる……」


こちらに向かってきているカラス魔族の未来を視るが、ミルザムの顔が頭をよぎる。

ミルザムの顔を振り払うように優吾は深呼吸し、ステップを踏む。足に魔力を溜め始め再びカラス魔族の未来を視ようとすると、崖の方からこちらへ向かってくる影がふたつ。一つへ優吾向かって、もう一つはカラス魔族へ向かっていく。影は優吾の目の前に降り立ち刀を構える。


「なんのマネだ?」


「お前とは面識ねぇぞ?鎧の魔族……」


目の前の魔法術対策機関 第三班 班長 熱翔原一心は訝しげに優吾を見つめる。優吾は魔装を解こうか迷ったが、そのまま一心を置きこそうと足を踏ん張る。


「逃げようってか?」


「今は、あなたたちの相手をしている暇は……ない。」


優吾のは一心の目の前から消えるように走るとカラス魔族のところへ急ぐ。一心はすぐに優吾に追いつき、また目の前に立ちはだかる。


「逃がすわきゃねぇだろ?」


「仕方ない……こういうの使うのは初めてだけど……」


優吾は足に溜った魔力を本来使うはずだった事とは別の用途で使った。クラウチングスタートの姿勢になると足が翠に光り始める。


疾風怒濤ジ・ビヨンド……」


そのまま走り出すと、一心が目で追えぬ速度まで一秒で達し、カラス魔族へそのまま蹴りを入れる。緑の閃光に朱晴は一瞬何が起こったかを理解できずにその先を目で追った。


一方、風に近い速度になった優吾はカラス魔族の胸に蹴りを入れたまま再度足へ魔力を充填し、すぐに放出した。



──────足、裂風れっぷうが如く引き裂け。


足の魔力が風の刃になり、カラス魔族の胸を貫いた。


すい!!」


森の緑を横切る翠の閃光は土煙を上げて山のふもとの崖で終わる。


「あ、りが、とう……これでやっと……」


灰色になったカラス魔族は優吾を見つめながらミルザムの顔に戻り、にこやかに風と共に散っていった。


27:了

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