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31:死線

背中へ衝撃が走り、俺は今、自分がどうなっているのか分からないくらい体の感覚が曖昧になっている。手で辺りを探って、やっと自分がどこかに飛ばされて崖か、岩に背中からめり込んでいることが理解できた。そして、呼吸をすると自分が血を吹き出し、肋骨が何本か折れているのが分かるほど呼吸がしにくくなっている。呼吸ができずに、意識も曖昧になってくる。その矢先、目の前には今持てる全てをもってしてもかなわない黒い鎧が無言で歩いてくる。そのまま、立ち上がろうとするが力が入らない。後ずさろうとするが、背には岩があって逃げられない。


逃げられない。


今までは背を向けて逃亡もできたが、ここへきて今までよりも強い敵に逃げ場のない状況、致命的な大けが……


最悪の状況すぎる……


だが、それでも諦めるわけにはいかない。吐血をしながらも立ち上がろうとするが、足に踏ん張りをきかせようしたときに前に倒れる。それでも立ち上がろうと手をつくが、痛みで全身が震え四つん這いになることしかできない。もうろうとしてきた意識の中、自分が吐いた血だまりを確認するのが精一杯で敵の行動など見る事ができない。足音がかろうじて耳に入り影が俺に重なるのが分かる。見上げようと首を上げると黒い鎧がこちらを見おろしている。


「あ”あ”ぁ”……俺は、絶対に負けねぇぞ……」


「殺しはしない。おとなしくしていれば、治療もしてやる。」


そういって俺を担ごうと体に手を回してきたが、俺はその手を振りほどき拳を固める。震える足で地面に立ち、ボロボロの体を支える。そのまま踏ん張った足で黒い鎧の顔面めがけて殴り掛かるが、黒い鎧はその拳を避ける。度重なるダメージに俺の魔装は解除され、鎧は灰のように宙へ舞っていった。倒れ込んだ俺を見て黒い鎧はそのまま俺に近づく。


必死につかるまいと俺は、その身を投げるように転がる。足を踏ん張り、そのまま走る。走ると言ってもこんな瀕死状態では走るというよりも歩くという方が正しいが、それでも俺は黒い鎧から逃げる。


「絶対、に、捕まるわけには、行かねぇんだ……ごぼぉ……はぁ…はぁ」


体を引きずるように逃げるが、黒い鎧は捕まえる自信があるのか歩いて迫ってくる。

捕まるわけには行かない。ここで死んだら、ダメだ。でも、もう、足も、腕も、上がらない。体力がなくなってきたころ、黒い鎧はしびれを切らし俺へ攻撃を仕掛けてきた。手のひらに黒い球体が発生し、それを射出する。射出された黒い球は俺の逃げる先で爆発し、俺の行く手を阻む。


「くっ…そ……」


「大人しくついてこい。」


俺の逃げる方向に球を射出しつつ、俺と距離を詰める黒い鎧。


ダメだ……逃げきれない。


大人しく連行された方がいいのか……


胸のかかる石を握る手に力が入る。


あと一歩、黒い鎧がこちらへ手を伸ばせば俺を捕まえることができる距離。そのとき、黒い鎧はいきなり、何かを避けるように俺から距離をとる。数メートル離れたとき……


それは地面に刺さっていた。


銀色に輝く両刃の刀身。


龍の装飾がされた鍔。


爬虫類の皮でできている握り。


紫の綺麗な球体があしらわれた柄頭。


西洋風の剣に見えたが、だが、どこか雰囲気が違う。黒い鎧は剣がきた方向へ目を向ける。

俺もつられて同じ方向を見る。そこには、仮面をかぶったローブの男がいた。


「晴山優吾!それを手に取れ!」


俺の名前が呼ばれると無意識に目の前の剣へ精一杯飛びつき、剣を引き抜こうと柄を握る。剣の紫色の球体は鈍く光り、龍が出てくる。龍はそのまま俺の手に巻き付き腕や体へ浸透していった。その瞬間、全身が燃えるように熱くなった。まるで、炎が体の中に入り込んで臓器を燃やしてくるような感覚。


「あ”あ”あ”あ”あ”あ”っ!!!!!」


思わず剣を放しその場でのたうち回る。


熱い熱い熱い熱い熱い燃える燃える燃える燃える死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ……


頭の中はそれしか考えられなくなった。のたうち回る中、頭の中に声が響く。いつものような声ではなく、怨嗟と憎しみの声だった。


『体を渡せ……お前の体を差し出せ……』


痛みが増す中、呼吸がはっきりとして、体中の痛みが消えていったのがわかる。俺は頭の中の声を無視して、剣を握り引き抜いた。重く、振り回せそうにもないその剣を両手で持ち、黒い鎧へ向かって振りかぶる。黒い鎧は俺が剣を振り下ろす前にその場から逃げ、姿を消した。俺は無我夢中で振りかぶった剣を振り下ろす。轟音が耳に響き、耳にピーンという音が数分鳴り響く。耳鳴りが消え目を開けると目の前の大地や森が数キロにわたって割れていた。その光景を目に映し、俺の意識はそこで途絶えた。


────────────


『本当にその辺りに飛んでいったのかい?』


「えぇ……確かに見ました。空中で晴山を掴み別方向へ投げる玲央の姿が……」


『わかった、優吾君の捜索は綾那ちゃんにまかせた。僕と夢希ちゃんと凪ちゃんは町の被害の確認と被害者の確認をするから、優吾君を見つけ次第、すぐに連絡して!』


「了解!」


通信を切ると、彩虹寺は優吾の飛んでいった方向へ移動している。その時、轟音と共に、空へ紫の光が伸びる。彩虹寺はその光の柱を目に映すと慌ててその方向へと急ぐ。数分走っていると、綺麗に割れた大地と木々が目に入ってくる。右へ目を向ければ、断面はずっと山の方まで伸びており、左へ目を向けると、崖の近くに晴山優吾が剣をもって倒れているのが見えた。彩虹寺はこの状態は優吾がやったと理解し優吾へ近づく。


「おい、起きろ。晴山!」


優吾は声に反応するとすっすらと目を開ける。よく全身を見ると、顔や腕、足にも何か入れ墨のようなものが出てきている。そして、手に持った剣を目にしたときに彩虹寺は驚愕する。


「これは……呪いの……!」


剣は本部で見覚えがあった。盗難品や遺品の中にあった「呪いの武器」と呼ばれる代物。

彩虹寺は急いで星々へ通信をつないだ。


「琉聖さん!晴山を発見しました。ですが……」


『どうしたの?!優吾君の身に何が!?』


「いえ、晴山事態は問題ないはずですが、その……手に、保管されているはずの呪いの武器が握られています。」


『呪いの武器!?なんで!?』


「とりあえず、私は今、Sブロックから東に2㎞の森にいます。近くに割れた大地があるのでそれが目印です。」


『了解。今、行くよ!』


通信を切ると同時に、優吾は目を覚ます。彩虹寺は起き上がった優吾に手を伸ばし、呪いの武器以外に何か異常がないか触診する。


「ちょ、なんだよ……」


「怪我は?玲央にやられた身体はなんともないのか?」


優吾は、彩虹寺を引きはがしながら、落ち着かせる。


「大丈夫だから、ちょっと落ちつけ……てか玲央って、さっきの黒い鎧の奴のことか?」


「あぁ、そうだ。彼の名前は獅子王 玲央。君の前の協力者だ。」


「先輩か……なんで、魔族の味方に?」


彩虹寺は玲央のことを話し、優吾はそれを黙って聞いた。話が終わるころ、町の被害をある程度片付けた星々が到着した。


「綾那ちゃーん。優吾く……ん……」


星々は優吾の姿を見てその顔を絶望に染めていた。


「優吾君。その剣がどんなものか分かっているかい?」


優吾は手に持つ剣を見て体に入った龍の入れ墨に気づく。


「何じゃこりゃ!?」


「今気づいたのか君は……」


優吾が驚いていると、琉聖の背後に影が降り立つ。琉聖は背後の殺気に思わず手を構え、すぐに手を引っ込める。そこには、優吾に剣を投げ渡した仮面の男だった。


「それは、私が彼に使えと言って渡した。」


黒影くろかげさん!何をしでかしたのか分かっているのですか!」


「瀕死状態だった彼の身体には龍の呪いが必要だった。それだけだ。あのまま私が助けても彼は死んでいた。」


「だからって、これはあんまりです!」


言い合う二人に優吾が割って入る。


「あ、あの~取り合えず、俺は助かったんで大丈夫ですよ?」


星々と彩虹寺は優吾へ迫り大声で怒鳴る。


「「そういう問題じゃない!!」」


「えぇ……」


そんな様子を見ていた黒影と呼ばれた仮面の男は背を向け消えた。


「あ、黒影さん!話しはまだ終わってな……あぁ行っちゃった……」


星々はまた優吾へ向き直り、剣に触れないように水魔法で水球を作り出し、剣を水泡に入れさせる。


「とりあえず、君は今、この剣に呪われしまっている……解呪のために本部へ来てくれ。」


「……?わかりました。」


何もわからぬまま、優吾は本部へと連れて行かれた。


31:了

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