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第61話

「別に、自殺とか考えてないよ」

「え……だって……」

「ただ、川の流れを眺めていただけ。それ以外にあそこに居た理由はないよ」

「えっ? ……え〜〜っ??」


 数秒の間を空けて、母の絶叫が辺りに響いた。


 その声を引き金にしたわけではないと思うが、僕たちの頭上に重く広がった黒い雲から、ポツポツと雫が落ち始める。


「もしかして私ってば、所謂いわゆるお節介しちゃってたり……する?」


 息があがっているからかそれとも他の理由でなのか、顔を赤くした母の声は尻すぼみに消えていく。


「でも、こうやって雨も降ってきたことだし、結果的には、声をかけてもらえて良かったけど……」


 そう言って僕は空を仰ぎ見る。間も無く本降りになりそうだった。


 案の定、雨はすぐに本降りとなった。一緒にいた母は天気予報を確認してから出かけていたのか、用意周到に折り畳み傘を持っており、難なく雨を凌ぐことができた。


 しかし、そんな文明の利器を持ち合わせていない僕は容赦なく雨に打たれることになった。


 雨が止むまで雨宿りでもしてやり過ごそうと思っていると、ずぶ濡れの僕のことがよほど気になったのか、強引な母に僕は家まで連れて来られた。


「遠慮しないで、あがって」


 母はそう言うと、自分はそそくさと靴を脱ぎ家の中へと入っていく。僕はそんな母の後ろ姿をぼんやりと眺めていた。


「何してるの~? こっちへどうぞ~」


 玄関横の開け放たれた扉の向こうから、のんびりとした母の声が呼ぶ。


「お、お邪魔します……」


 僕は自分の家であるはずの空間で、おずおずと言葉を発する。母の声がするのは、使い慣れた我が家のリビングダイニングからだ。声のする方へ向かえば、母はケトルでお湯を沸かしていた。


「あの……」


 なんと声を掛ければ良いのか分からず、部屋の入口で立ち尽くしていると、母が顔を上げた。


「あ~、そのままじゃ風邪ひいちゃうわね。ちょっと待ってて」


 母はせわしなくキッチン横の扉へと向かう。扉の奥には、洗面所や脱衣所がある。しばらくして母は、バスタオルとTシャツ、それから、ハーフパンツを手に戻って来た。


「これ、息子のなんだけど、たぶんサイズ大丈夫だから、これに着替えちゃって」

「えっと……でも……」

「いいって、いいって。あ、濡れている服は、預かるわよ。乾燥かければ、着て帰れるよね」

「はあ……でも……」

「あ、パンツも替えた方がいいかな」

「パ、パンツ?……い、いえ……」

「そ。なら早く着替えて。風邪ひいちゃうわよ」

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