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第62話

 母のお節介、ここに極まれり。強引に物事を進めていく母のペースに呑まれ、僕は渡されたタオルで髪を拭き、濡れた服を着替える。着替えは、僕がよく部屋着として使っていたものだった。


「あ、あの……」


 濡れた服を手に母のそばへ行く。母はどうやらお茶の用意をしていたようだ。


「きみは座ってて。服は乾燥機に入れてきちゃうわね」


 僕から服を受け取った母がリビングを出た隙に、僕は一緒に家へと入って来ていた小鬼に話しかける。小鬼と事務官小野は、リビングのソファで絶賛寛ぎ中だった。


「どう言うこと?」


 僕の問いに、ソファにちょこんと座っている小鬼は不思議そうに答える。


「どうとは、どのような意味でしょうか〜? いつも通り今は研修中ですよ〜」

「だから、なんで母さんなんだよ?」

「そう言われましても〜。今までも、古森さんのお知り合いの方々とお話をされていたではありませんか〜。今までと一緒です〜」

「そんなこと言われてもなぁ……」


 僕は途方に暮れてしまった。どうやら研修の最後の相手は母らしい。ラスボス感、ハンパない。


 僕は母が苦手だ。苦手という言葉は、僕の気持ちを表すうえでは少々強すぎるニュアンスのようにも思うけれど、つまりは僕は母とどう向き合えばいいのか、それが分からずにこれまで過ごしていた。


 両親の関心はいつだって弟に向いていた。取り分け母が弟に向ける関心は強く、いつも口数が多く、年頃の息子としては鬱陶しいと感じる程に弟の心配をしていた。関心を向けられた対象でもない僕が鬱陶と感じるほどなのだから、弟本人はさぞかし煩わしい思いをしていたことだろう。


 それほどまでに子供への関心が強い母だが、僕に対してはほとんど何も言ってこなかった。それには、僕が人とまともに会話が出来ないことが少なからず関係しているのかも知れないけれど、両親の、言ってしまえば母の関心は、弟の成長にのみ向けられていた。


 そんな現実に気がついた僕は、いつしか、家の中でも外でもほとんど話さなくなり、次第に一人で過ごす時間が増えていった。


 母とまともな会話をしたのは、いつのことだったか。思い出せないほど以前に言葉を交わしたきりのような気がする。


 そんなことを考えていると、母がリビングへと戻ってきた。


「あら、座っててくれたら良かったのに」


 母は柔和な笑顔を僕に向けてから、ダイニングの椅子を引いた。そこは僕がいつも座っている場所だった。


「さあ。服が乾くまでお茶にしましょう」

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