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社畜なダンジョンハンターだが、JKのシーフは迷惑だ
社畜なダンジョンハンターだが、JKのシーフは迷惑だ
Xnos
現代ファンタジー現代ダンジョン
2025年05月01日
公開日
2,177字
連載中
キャラクターデザイン:傘縞様  群正祥司は、ウオーターサーバーのメンテ係、安給料で朝から晩まで重いミネラルウォータータンクを運ばされる社畜である。  だがオフでは体験型仮想ダンジョンゲーム『ワイルドネスハンター(荒野のハンター)』のプレーヤー。普通は4人か5人のパーティーで行うダンジョンハンティングをソロ(単独)で行いボスキャラまで斃す凄腕のプレーヤー。  ある日、偶然ボスキャラに喰われそうになっていた女シーフ(盗賊)を助けることになってしまう。『アンジュ』と名乗ったそのシー何と何と18歳の女子高生。だがアンジュはあちこちのパーティーに紛れ込んではトラブルを起こしている、迷惑極まりないプレーヤーだった。  腕を見込まれてアンジュに付きまとわれる群正祥司は、やがてアンジュが何の目的でワイルドネスハンターに接続しているのかを知る。  

第1話「翼竜」

 遠くに、ここをぐるりと取り囲むように黒い森が見えている。だが付近は草もまばらにしか生えていない荒れ地だった。その真ん中に聳えている、たぶん高さは10メートルくらいの急峻な崖に囲まれた岩山。俺はその頂上あたりに身を潜めていた。

 この仮想空間ゲーム『ワイルドネスハンター(荒野のハンター)』の名にふさわしい、殺伐とした風景を眺めてどれだけ時間が経過したのかもうわからない。今日は極力水分を控えていたので、前のように小便をしたくなる失態は起こさないはずだった。

 全方向に用心深く目を配り続けることを続けて、やがて俺は待ち続けていたモノを目にした。森の上空に黒点が現れたのだ。

 それはすぐにゆっくりと羽ばたく小さな影になり、やがて『大鴉ブラン』と呼ばれ恐れられている巨大な翼竜の姿になった。

「あ……」

 俺はうっかり身動きしそうになった。翼竜はそのかぎ爪に得物を掴んでいたのだ。それはどう見ても人間だった、哀れな冒険者の末路。

 俺は体を覆っている枯れ枝を動かさないように、ゆっくりと慎重に薙刀を引き寄せる。翼竜が、巣であるこの岩山に降り立つ瞬間が勝負だ。足が着くか着かないか、そして翼が羽ばたきを止める寸前。そのわずか1~2秒しかチャンスはないのだ。

 1秒早く動いてしまえば翼竜は飛び去ってしまう。1秒遅ければ翼で叩き飛ばされるか巨大な嘴で体を食いちぎられるかだ。俺は呼吸を止めてその瞬間を見定めた。

『ふんっ!』

 翼竜の足が地面に着く寸前のタイミングで俺は立ち上がった。ウロコに覆われた翼竜の足、ウロコの隙間からわずかに見える関節を狙って薙刀を水平にフルスイング。関節のところで翼竜の脚を切り離した。

「ギョ! クアァァ!」

 鼓膜が破れるほどの翼竜の絶叫。片脚を失い、着地の寸前でバランスを崩して前につんのめった。体から切り離された脚が、カクカクしたポリゴンに変化していく。

 翼竜は必死で体勢を立て直そうとして畳みかけた翼を拡げる。それも俺の狙い通りだった。

「おらあぁぁ!」

 翼が羽ばたきを始める寸前に、俺は再び薙刀をフルスイング。片方の翼を完全に切り飛ばした。翼竜の本体から切り離された翼も、脚と同じくポリゴンのように変化してそれから消えていく。哀れな冒険者の体を残して。

 だがそれに構っている余裕はない。再び舞い上がる術を失った上に左右のバランスが取れなくなった翼竜は、地響きを立てて頭から地面に倒れ込んだ。これでようやく首まで薙刀が届く。

「うおっ!」

 俺は襲ってきた鋭い嘴を薙刀で払いのけた。翼竜は瀕死の状態なのに、まだ俺に食いつこうとしてくる。

「おらぁ! これで、お終いだぁー!」

 俺は大上段に振りかぶった薙刀を、思い切り翼竜の首に振り下ろした。

「ギャエ……」

 翼竜の絶叫は途中で途切れた。規定リミットMAXまで強化した薙刀の刃は、両腕がやっと回るほど太い首を完全に断ち切っていた。

「ひゅうっ!」

 俺は音を立てて空気を吸い込む。

「うはぁ……うへえ……」

 俺は荒い呼吸を繰り返して酸欠寸前の体に酸素を送り込んだ。データでしかないこの体なのだが、人間の生体を完全に再現しているのだ。つまり、息も切れるし疲労もする。

「よぉし! 殺ったぜ!」

 首を完全に切り落とされた翼竜は、その切断面も鮮やかに見せたまま凍り付いていた。そして俺の目の前には『MURAMASA KILLED』と大きな赤い文字が見えていた。『MURAMASA』は、俺のプレイヤーネームだ。

「群正祥司! ソロで、大鴉ブラン退治ィ!」

 誰も見てはいないことは承知で、俺は空に向かってガッツポーズを見せた。そして薙刀を振るって翼竜の血を……実際にそんなものは付いていないのだが、振り落として背中に結わえつけた。

「ところで……これ、どーしたらいいんだ?」

俺は足元に横たわっている哀れな冒険者を見下ろした。消えていないのだから、この女冒険者は死亡デッド判定されていないのだ。

 俺と同じく布の衣服に革の鎧。初級から中級クラスの標準的な装備だ。武器は取り落としたのか身につけてはいない。革のヘッドバンドの下には豊かな金髪が波打っている。

「なーんか、面倒なことしちまったなぁ……」

 俺は思わず独り言を言いながら、岩山の下をのぞき込んだ。ここは登り降するだけでも大変なのだ。こいつが目を覚まさなかったら俺が担いで降りるしかない、それともここに置き去りにするか。置き去りにすれば、次に登場する翼竜が片付けてくれる。

 実は、俺はまだここから降りたことがない。これまで2度試みて2回とも殺されているからだ。やはり放置していこうと決めかけたとき、金髪の隙間から見える女の顔を見て考えを変えた。女はやけに童顔だった。

『ワイルドネスハンター』では、複アカを防ぐためにアバターの顔は本人の登録データが使用される。つまりこのご本人は二十代にもなっていない可能性が高い。

「えーと……気絶状態からの回復って、ポーション効くのか?」

 ポーションを服用すればHPは回復するが、こいつの状態は麻痺なのか気絶なのか。そんな相手にどうやってポーションを使ったらいいのか俺は知らない。回復系魔法なんて都合のいいものはここでは存在しない。

「おい。起きろ」

 ダメ元で、俺は女を揺すって声をかけてみた。交通事故なんかで気を失った人間をするのは禁物だが、ここでは俺も女もただのデータに過ぎない。

「うん……」

 意外とあっさり女は目を開いた。どんなダメージと判定されたのだろうか。


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