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第2話「会遇(かいぐう)」

「あっ……」

 女は声を上げて体を起こした。

「誰?」

「ムラマサって者だ。あんたをさらってきた翼竜ブランを退治した」

「……うそ」

 女は何度か瞬きして、首を切り落とされた翼竜と俺を見比べてそう言った。

「ここをどこだと思う? 翼竜の巣だぞ。俺が待ち構えてなかったら、あんたはここでこいつに喰い殺されるところだったぞ」

 一撃で死亡判定されるより、モンスターに喰い殺されるのはもの凄い精神的なダメージが大きいと聞く。幸い俺は翼竜に吹き飛ばされての死亡だったが、食い殺されたショックで二度とゲームに接続しなくなるプレーヤーもいるそうだ。

「……ひっ!」

 岩山の下を見て、女が首を絞められたような声を漏らした。

「落ちたらまずデッドだな、まあレベルとパラメーターにもよるけど……お前、名前は?」

「……アンジュ」

 本当はこいつの名前なんてどうでも良かった。何と呼べばいいのか知りたかっただけだ。

「それじゃ、アンジュ。このがけを、へばりついて降りないとセーブポイントには行けない。できるか?」

「……たぶん」

 肩に女をかついでそろそろと岩壁を降りる危険はおかさずに済みそうだった。そしてもし女が転落して死んでも、それは俺の責任じゃない。

「お前、HP残りどんなだ? コンディション見せろ」

「何でよ?」

 『コンディション』は、プレーヤー本人やパーティーリーダーがメンバーのHPやその武器の状態を把握はあくするために表示させるものだ。普通はパーティー以外のプレーヤーに見せたりするものではない。

「崖降りの途中でHPが尽きたら即死亡判定デッドだぞ、ポーションあるか? 武器、どうした?」

 アンジュはベルトに小型のナイフをしているが、メインウェポンは持っていない。肩には雑嚢ざつのうと空の矢筒やづつをかけているから弓使いだろう。ベルトに絡めてある革紐はたぶん投石に使うスリングで、どう見ても盗賊の装備だ。

「弓、どっかで落としたみたい。うわ……ナイフ以外ぜんぶ無くした」

 雑嚢の中を覗いたアンジュが呻くように言った。武器無しではどこのフィールドでも5分と生きてはいられない。

「あっ……」

 アンジュが声を上げた。首を切り落とされた翼竜の死骸がポリゴン化して、ノイズに覆われて消えていく。

「しばらくすれば新しいのが出てくる……でもいつになるのかはわからない」

 俺の待ち伏せも、翼竜が戻ってくるのか湧いて出てくるのかまではわからなかったのだ。

「ね。アレ、出ないの?」

「なんだ?」

「コングラッチュレーションって」

 翼竜を含めた大型ターゲットはほとんどがラスボスで、討ち取ったときにはさっきのようにトドメを刺したプレーヤーの名前と『Congratulations!』の文字が表示される。

「ここでは出ない。ここは厳密げんみつに言うとフィールドじゃないからな」

 プレーヤーがゲームをする『フィールド』に対して、ここはバックヤードか従業員用の通路みたいなものだ。

「なんで……」

「説明すると長くなる。俺の制限時間も残り少ないから、どうするか早く決めろ」

 このゲームの1回の接続は3時間までと決まっている、かつて10時間ぶっ続けで接続していたプレーヤーが心不全を起こして死んだことがあるからだ。それでフィールドも細かく区切られて、時間制限もかけられるようになった。

「行く。けど、あんたのコンディションも見せて」

 アンジュが言った。用心深さを保っているくらいだから、恐らく大丈夫だろう。俺とアンジュは互いのコンディションを見せ合った。予想していた通りアンジュのHPは残り40%を切っている、そしてパラメーターは行動力と運に全振りの盗賊仕様だった。

「あんた……なんなの? これ?」

 アンジュが戸惑っている。無理もないだろう、俺の装備は初級から中級のプレーヤーが身につけるレザーアーマーだ。それなのにいくつかのパラメーター数値は上限に近いのだ。

「全身金属アーマーつけて、ここに登ってこれると思うか? そのためにわざと軽装備にしてるんだ」

 HPの浪費を無視して、ここに登ってくるだけなら不可能ではない。だがガチャガチャの鉄ヨロイを着てここで身を潜めるなんてことは不可能だし、鉄ヨロイでも翼竜のクチバシは防げないのだ。

「お前、HPヤバイからポーション食え。でもサービスするのはこれが最後だぞ」

「何でよ?」

 俺の手にあるHP回復のポーションカプセルを見下ろしながら、アンジュは不機嫌な口調で言った。

「パーティーメンバーでもない、ほぼ戦闘不能のプレーヤー連れて歩くんだぞ。何かあってもお前をガードする余裕なんかない、ヤバいときはとにかく走って逃げろ」

 アンジュは不満そうな表情を見せたが、素直にポーションを受け取った。


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