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第3話「凱旋」

 俺とアンジュは並んでそろそろと崖を降りていた。

「お前のパーティーどうなった?」

「たぶん、全滅した」

 初めて踏み込んだ『クラスA:廃坑1』で、山岳フィールドに入ったとたんに翼竜に襲われたらしい。そんなところにいきなり翼竜が出ることはまずないのだが、何かをミスったか運悪く他のパーティーを襲った帰りの翼竜に出くわしてしまったのだろう。

 パーティーに魔道士がいたのだが何をする間もなく、前衛の戦士二人が瞬時に吹き飛ばされてしまった。残ったのが司教と魔道士と盗賊だから、その後どうなったのかは容易に想像がつく。

『ワイルドネスハンター』ではクラスCが地下ダンジョン、クラスBが廃村やモンスターが棲み着いているタワー。そしてクラスAは文字通りの荒れ地、危険極まりない平地や森を抜けて廃城や廃坑の奧にいるボスを倒すのだ。

「下に降りたら、俺の後ろから離れるなよ」

「なんで?」

「森に入るまでの荒れ地は、何もないけど迷路なんだ。決まったパターンで移動しないとループにはまる」

 一旦ループにはまり込んだら撤退リセットするか、それとも通りがかりのボスモンスターに殺される以外に抜け出す方法はない。ループにはまらない移動パターンを発見するのに俺は半年かかり、うんざりするほどリセットを繰り返したのだ。

「セーブポイント、どこ?」

 アンジュに聞かれて、俺は首を振った。

「ここにはない。元のフィールドに戻るんだ」

「どこ?」

「クラスAの『血まみれ砦』だ」

「うえ……」

 アンジュが首を絞められたような声を漏らした。血まみれ砦の正式名は『砦07』だ。守備隊がモンスター軍団に包囲されて全滅した設定になっている、不死標的アンデッドも出るクラスAの序盤でも有数の難所だった。

「安心しろ、中には入らない」

 砦の外周をぐるっと回った裏手にある、壊れて渡れそうにない吊り橋が隠れた接続ポイントなのだ。

 再出現したかも知れない翼竜に捕まることもなく、俺とアンジュは森の端にたどり着いた。森に足を踏み入れた瞬間に景色が変わり、目の前には砦の石垣がそびえ立っていた。

「この向こう側に崩れかけた小屋があって、そこがセーブポイントだ。だがそこは使わない」

「なんで?」

「精算してポーション返してもらう、村の精算所まで行く」

 セーブポイントで接続を絶つと、俺とアンジュはたぶん別々のアクセスポイントで現実リアルに戻る。稼いだ経験値はそのまま記録されるが、アンジュから貸しを取り立てるにはゲーム内の『村』まで行かなければならない。

「はあ? 途中であたし死んだらどうすんの?」

「それはその時だ。俺は一人でも帰り着く自信がある」

「セコいやつ!」

「何とでも言え。パーティーが全滅してたら、経験値はお前の独り占めじゃないのか?」

「あ……そっか……」

 翼竜にやられるまで、たぶんある程度の経験値は稼いでいるはずだ。

『ワイルドネスハンター』のゲーム内で獲得した経験値は、通常はパーティーの全員で分け合う。どう分けるかは貢献度に応じてリーダーが決めるのが普通だ。

 パーティーメンバーの誰かが途中で死亡判定デッドになった場合、そのメンバーの分け前はごっそり減らされる。だからアンジュが帰還すれば、パーティーが稼いだ経験値ポイントはまるまるアンジュのものになる。

 ただし、他のメンバーがそれを許かどうかはわからない。

「できるだけ隠れて進むぞ、俺の背中を見失うなよ」

「せっかくここまで戻ってきたのに、見失ってたまるもんですか」

 俺とアンジュは用心深くあたりに気を配りながら、砦から離れて森の中に駆け込んだ。

「できるだけ音を立てるなよ。森の中だって、安全ってわけじゃない」

 クラスCではダンジョンの外にはモンスターは出ないが、クラスAともなればどこで何と遭遇するかわからないのだ。

「おら、来たぁ!」

 俺は樹の上から滑り落ちてきた大蛇を空中でぶった斬る。ほぼザコで獲得ポイントは知れた物だが、絡みつかれたらただでは済まない。

 だが、敵はモンスターだけではないのだ。クラスBからはフィールドで他のパーティーと遭遇することがある。他のパーティーと戦って倒せば経験値を得ることができるが、後でトラブルになる危険が大きいので好んで戦う奴らはいない。

 だが厄介なことに、どのパーティーにとっても他のパーティーは『潜在的な敵』なのだ。

 ボス戦の最後に加わってきて、止めだけを刺して経験値を横取りすることだって可能なのだ。そんなことをされたらたまったモノじゃない。

 だからどのパーティーもできるだけほかのパーティーとの接触は避ける、普通はだ。だが今の俺たちのような一人や二人でうろついているプレーヤーは『手頃な得物』と見なされて、他のパーティーに狩られる危険がある。

「何年……やってるの?」

 アンジュが聞いた。

「6年……かな? 勤め始めて、2年目から……」

「仕事、なにやってるの?」

 俺は答えなかった。リアルでも付き合いが長くない限り、普通パーティーのメンバーにプライベートのことは明かさない。

「それを聞きたきゃ自分から明かせ」

「あたし? 高校生だよ」

「はあ?」

 俺は思わず声を出して足を止めてしまった。

「未成年は接続アクセス禁止だろ?」

「3月生まれだから、もう18だもん」

 きっと学校では禁止されているはずだが、たぶん店では年齢を確認できれば受け付けてしまうだろう。

「俺は普通の会社員だ」

「普通じゃない会社員って、どんなの?」

「うるさい」

 木立を透かして、村を囲む柵が見えてきた。だが俺は森から出る前に、村までの間に人影が見えないか念入りに確認した。森の端から村の柵までは、現実空間の距離ならおよそ200メートルある。

 そこはNTニュートラルフィールドと呼ばれていて、モンスターは出ない。だが戦闘は禁止されていないのだ。

 だからそこではパーティー間の戦闘が起こる、ポイントの分け前を巡ってパーティーの内輪もめも起こる。村の中で暴力行為を起こしたら強制退出リセットを喰らうからだ。

「どうしたの?」

 アンジュが不審そうに聞く。

「静かにしろ! 帰りはここが一番危ないんだ」

「あ……もしかして、ルーター?」

「そうだ。ここは時々出やがる」

 経験値と途中で獲得したお宝を持って、意気揚々と戻ってくるパーティーを狙う『略奪屋ルーター』と呼ばれる強盗みたいなプレーヤーがいるのだ。

 セーブと精算の両方ができる『村』はフィールドにいくつも存在している。いま見えている『村5』は接続できる探索フィールドが多いので利用する上級パーティーが多い、つまり『略奪屋』の得物も多いのだ。

「街道の入口だ。隠れてるのが2人いる」

 『街道』は各探索フィールドに向かう接続ポイントのことだ。木立がそこだけ切れて道になっている。略奪屋はその付近に身を隠して、戻ってくるパーティーを背後から襲う。俺とアンジュがNTフィールドに出て行けば確実に襲ってくるだろう。

「俺はこっち側に隠れてる奴をやる。お前はスリングで向こう岸のやつをやれ」

 俺の残りアクセス時間は少ないが、ここで殺られたら元も子もない。たぶん連中は盗賊装備の半弓を使うから、開けた場所では俺が不利だ。

 音を立てないように木立の中を移動して、1人の背後に回り込んだ。あと5メートル、これ以上近づけば感づかれる。アンジュに目配せすると、あいつは革紐スリングに石を挟み込んでぶら提げた。

「おい!」

 俺は略奪屋の背中に声をかけた。不意を突かれて、そいつは目を見開いて振り向いた。半弓を構えて引き絞る前に、俺は2歩跳んでそいつの胸に薙刀を突き入れる。

「ぐうっ……」

 死亡デッド判定。そいつの体がポリゴンに変化する。道を挟んだ向こうで弓音、俺はとっさに身を伏せた。すぐ傍の木に矢が突き立つ。風を切る音、アンジュがスリングで石を放った。

「がっ!」

 向こうで男が顔を覆ってのけ反った。俺は道に走り出て木立の間に飛び込んだ。起き上がろうともがいている男、薙刀はそいつの体を貫いて地面に突き刺さった。

「ぎゃあぁぁ!」

 そいつがポリゴンになる前に、俺は薙刀を抜いてそいつが背負っている袋の革紐を切った。持ち主の体から離れれば、本体が消えても品物はフィールドに残るのだ。

略奪屋ルーターを略奪だぜ」

 俺は何かが詰まっている重い袋を取り上げてアンジュに見せた。こいつが取り落とした半弓もそのまま残った。

 アンジュが、向こう側で無表情に俺を見返していた。

「おい。石ころなんかで俺を倒せると思うなよ」

「一瞬それ思ったけど、無理だってわかった」

「何が入っているのかわからんが、これは山分けだ。半弓も手に入ったぞ」

 俺はまた道を横切って、アンジュの足元に袋を投げ出した。


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