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トーキョー・リプレイサー
トーキョー・リプレイサー
シマセイ
現代ファンタジー異能バトル
2025年05月01日
公開日
2.6万字
連載中
平凡な高校生活を送っていた相葉 陽太(あいば ようた)。 しかし、突如発生した大地震が彼の日常を打ち砕く。 崩壊した東京には、異形の怪物が溢れ出し、街は地獄絵図と化した。 混乱の中、陽太は物体の位置を入れ替えるだけの地味な能力「置換(リプレイス)」に目覚める。 同じ施設で育った幼馴染の桜井 美羽(さくらい みう)を守るため、そして生き延びるため、陽太は唯一の希望である九州を目指し、危険に満ちた東京からの脱出を決意する。 怪物だけでなく、能力を悪用する人間たちの脅威も迫る過酷なサバイバル。

第1話 終わりの始まり

自販機の釣銭口に指を突っ込んだまま、俺、相葉 陽太(あいば ようた)は唸っていた。


「…あと10円足りねぇ」


昼休み。

購買の焼きそばパンは既に狩り尽くされ、最後の望みを託した自販機の「あったか~い」コーンポタージュも、無情にも10円玉一枚の不足によって、その温もりを俺に与えることを拒否していた。

施設のおばちゃんにもらった小遣い、今月もピンチだ。


「マジかよ…」


背後から、呆れたような声がした。


「陽太、またやってるの?

ほら」


声の主は、桜井 美羽(さくらい みう)。

俺と同じ施設で育った、いわゆる幼馴染ってやつだ。

差し出された白い手には、10円玉が乗っている。


「お、美羽! サンキュ! マジ助かる!」


「もう、ちゃんとお金管理しなさいっていつも言ってるでしょ。

はい、これも」


美羽はそう言って、自分の分のコーンポタージュも買って俺に押し付けた。


「え、いいのかよ?」


「いいの。

私は別にいらないから」


「そっか? じゃ、遠慮なく」


俺は二つの缶を手に、人の少ない廊下の隅へ移動する。

美羽も隣についてきた。

俺たちは親がいなくて、物心ついた時からずっと一緒だった。

兄妹みたいなもんだけど、最近の美羽は少し、綺麗になった気がする。


「今日の数学、全然わかんなかったなー」


俺が缶のプルトップを開けながら言うと、美羽は少し笑った。


「陽太が授業中、ほとんど寝てたからでしょ」


「だって眠いんだもんよ」


そんな他愛もない会話をしていた、まさにその瞬間だった。


ズンッ、と腹の底に響くような、鈍い衝撃。


「え?」


次の瞬間、世界がぐにゃりと歪んだ。

立っていられないほどの激しい揺れが、廊下を、校舎全体を襲う。


「うわっ!?」

「きゃああああ!」


悲鳴と怒号が廊下に響き渡る。

俺は咄嗟に美羽の腕を掴んで引き寄せ、近くの柱の影に身を寄せた。


「美羽、伏せろ!」


二人で体を小さくする。

天井の蛍光灯が激しく揺れ、ミシミシと嫌な音が鳴り響く。

壁に掛けられた時計が床に落ちて砕け散った。

揺れは数十秒続いただろうか。

永遠のようにも感じられた揺れが徐々に収まっていく。


「…おさまった…?」


美羽が怯えた声で呟く。

俺も恐る恐る顔を上げた。

廊下は、割れた窓ガラスや散乱した荷物で足の踏み場もない。

生徒たちが、怯えた顔で辺りを見回している。


「…今の、やばくなかったか?」


俺が呟いた、その時。

再び、今度は先ほどよりもさらに激しい揺れが襲ってきた。


ゴゴゴゴゴゴ…!


地鳴りのような轟音と共に、校舎が悲鳴を上げている。

壁に亀裂が走り、天井の一部が崩落する。

粉塵が舞い上がり、視界が悪くなる。


「美羽、大丈夫か!」


「うん…っ!」


美羽は俺の腕にしがみついて、必死に耐えている。

これは、ただの地震じゃない。

本能が警鐘を鳴らしている。


どれくらいの時間が経ったのか。

気づくと、揺れは完全に止まっていた。

しかし、静寂は訪れない。

校舎のあちこちから、泣き声や助けを求める声が聞こえてくる。


「…行くぞ、美羽」


俺は美羽の手を引いて立ち上がった。

粉塵が少し晴れ、廊下の惨状が露わになる。

怪我をして動けない生徒、瓦礫の下敷きになっている生徒…。

まだ動ける生徒たちが、必死に声をかけ、助け起こそうとしている。


「陽太、あっち…」


美羽が校庭の方を指さす。

窓から見える光景に、俺たちは息を呑んだ。


校庭の中央付近の地面が、巨大な口のように、ぽっかりと開いていた。

直径数十メートルはあろうかという、暗く深い大穴。

その穴の中から、何かが這い出てきている。


それは、ゲームや映画でしか見たことのないような、異形の怪物だった。

ぬらぬらと粘液に覆われた体。

鋭い牙と爪。

人間を餌としか見ていないような、飢えた赤い目。

そんな怪物が、次から次へと、うじゃうじゃと穴から湧き出てくる。


「…なんだよ、あれ…」


俺の声が震える。

怪物は、校庭にいた生徒たちを容赦なく襲い始めた。

逃げ惑う悲鳴が、すぐに断末魔の叫びへと変わっていく。

校舎に残っていた教師が、メガホンで「落ち着け!」「校舎の中に避難しろ!」と叫んでいるが、その声も怪物の咆哮にかき消されそうだ。


「ここも危ない! 早く外に出るぞ!」


俺たちは他の生徒たちと一緒に、比較的被害の少なかった昇降口を目指した。

途中、足を怪我した女子生徒を、男子生徒数人がかりで担いでいる姿を見かけた。


校門を飛び出す。

しかし、外の世界もまた、地獄と化していた。

倒壊したビル、燃え盛る家屋、ひび割れた道路。

車はめちゃくちゃに壊れ、信号は消えている。

そして、街中に溢れ出した、あの怪物たち。


「ひっ…!」


美羽が息を呑む。

目の前で、逃げ惑う人々を怪物が襲っている。

上半身だけになった死体や、内臓が飛び出した体が、瓦礫の中に転がっている。

人々はただ、叫び声を上げながら逃げ惑うか、あまりの出来事に茫然自失としている。

誰かを助け起こそうとする人、子供を探して名前を叫ぶ母親。

すさまじい惨状だった。


「…どこか、隠れる場所を…!」


俺は必死で周囲を見回した。

このまま路上にいては、怪物に喰われるのが先か、崩れた建物に潰されるのが先か。


「陽太、あそこ!」


美羽が指さしたのは、少し離れた場所にある、比較的新しい鉄筋コンクリートの雑居ビルだった。

幸い、大きな損傷はなさそうだ。

入り口のガラスは割れているが、中に隠れることはできるかもしれない。


「よし、あそこに行こう!」


俺たちは瓦礫を避け、目を背けながら死体を跨ぎ、必死でビルを目指した。

途中、怪物に追われたが、なんとか路地に隠れてやり過ごす。

息を切らしながら、目的のビルの入り口にたどり着いた。


ビルの中は、外の喧騒が嘘のように静かだった。

割れたガラスが散乱し、埃っぽい匂いがする。

俺たちは、階段を少し上がり、物陰になっている踊り場に身を隠した。


「はぁ…はぁ…」


二人とも、肩で息をしている。

美羽は恐怖で顔が真っ白だった。


「…大丈夫か?」


俺が尋ねると、美羽は小さく頷いた。


「なんとか…。

陽太は?」


「俺も平気だ」


嘘だ。

足は震えているし、心臓はまだバクバクいっている。

だけど、美羽の前で弱音を吐くわけにはいかなかった。


窓の隙間から、外の様子を窺う。

相変わらず、怪物の咆哮や、遠くで助けを求めるような声、建物の崩れる音が聞こえてくる。

スマホは当然のように圏外だ。

どこかのオフィスだったのか、床には書類や壊れたパソコンが散乱している。

棚を漁ってみたが、使えそうなラジオは見当たらなかった。

情報が全くない。


「…これから、どうしよう」


美羽が不安そうに呟く。

俺は考えた。

このビルも、いつまで安全か分からない。

食料も水もない。

ここに留まるのは危険だ。


どこかへ逃げなければならない。

もっと安全な場所へ。

その時、ふと思い出した。

九州に住んでいる、遠い親戚の祖母のこと。

俺たちが施設にいた頃、何度か面会に来てくれて、お菓子やおもちゃを送ってくれた優しい人だ。

ほとんど交流はないけれど、今は他に頼れるあてがない。


「…九州に行こう、美羽」


俺は決意を込めて言った。


「九州…? あの、おばあさんの?」


「ああ。

遠いけど、あそこなら田舎だし、東京よりは安全かもしれない」


無謀な考えだとは分かっている。

どうやって九州まで行くのか、見当もつかない。

道中、どれだけの危険があるかも分からない。

怪物だけじゃなく、この先、人間だってどうなるか…。


でも、ここにいても、ただ死を待つだけだ。

それなら、僅かな可能性に賭けて、動くしかない。


「行くぞ、美羽。

俺が絶対に、お前を九州まで連れて行く」


俺は美羽の手を強く握った。

美羽は、俺の目をじっと見つめた後、強く頷いた。

その瞳には、恐怖と共に、確かな意志の光が宿っていた。


「うん…行く。

陽太と一緒なら」


俺たちは、この一時的な避難場所で、互いの存在を確かめ合うように、しばらくの間、手を握り合っていた。

外の地獄のような喧騒だけが、この異常な現実を告げ続けていた。

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