息が切れる。足がもつれる。
それでも、俺は夜の街を、全速力で走るしかなかった。
俺が必死に逃げる理由。
それは、背後にいる存在のせいだ。
気配なんていう曖昧な言葉では説明しづらい。
夜の闇と同化しているような『ヤツ』は、俺を執拗に追いかけ回す。
「キシャァァァ」
ヤツの鳴き声が聞こえる。
「くそっ……! なんで、俺が……!」
追われる理由もわからない。
今日だって、普通に学校に行って、普通に帰るはずだった。
けど気づけば、いつもの帰り道は血の匂いと異形の咆哮に満ちていた。
――殺される。
直感ではなく、確信である。
このまま、終わって、たまるか。
ヤツが俺の命を刈り取ろうとしたその瞬間だった。
巨大な刃が俺の体をすり抜けて、背後にいたヤツの身体を斬り裂いたのだ。
その後、俺の目の前に、銀色の髪で氷のように澄んだ瞳を持つ少女が現れる。
その手には大きな剣を携えていた。
刀身は、月の光を受けているからか、淡く光り続けている。
「ここから先は行き止まりだよ、
少女は両手で大きな剣の柄を持ち、目の前にかざしている。
淡く光を放つ刀身が、一段と輝き、近づいた禍影と呼んだバケモノが一瞬にして消滅した。
他の禍影が彼女のもとに吠えながら近づく。
耳をつんざく異音とともに、空間が歪む感覚を覚えた。
それでも彼女は、微動だにしなかった。
「――ハァッ」
薙ぎ払うように剣を振るうと、さっきの大きな刃が禍影たちを斬り裂いていく。
斬り裂かれた禍影たちは、悲鳴のような鳴き声を上げて、夜の闇へと溶けて消えた。
「大丈夫だった?」
聖剣を背中に直した彼女は、優しく俺に言う。
さっきの凛々しさが嘘のように感じてしまい、俺は頷くことしかできなかった。
▲▽▲▽▲▽
――気がつくと俺は、真っ暗な空間に立っていた。
そこがまるで宇宙であるかのような空間であるように感じる。
ただひとつ、確かに
しかし、この空間には燃やすものがなかった。
その炎は揺れているが、風が吹いているわけでもない。
――燃え盛る巨大な炎の中心に、大きな男が立っている。
炎に包まれた髪。猛り狂うような瞳。表情は忿怒の形相と呼ばれるものらしい。
片手に剣、もう片方には縄のようなものを持っている。
その姿は恐ろしいものがあるが、俺が感じたのは恐怖ではなく安心だった。
「『
声が直接脳に響いた。
「お前にはかつての
お前が出会った禍影という物の怪は、悪鬼が現れる前兆に過ぎぬ。
その悪鬼の名は『
その言葉とともに、頭の中に直接イメージが流れ込んでくる。
黒い炎のような鬼。
無数の目。
嘲笑う声と禍々しさを感じる咆哮。
崩れていく街に泣き叫ぶ人々。
「悪鬼を封じた境界が崩れようとしている。今こそ目覚めのときだ、末裔よ。
我が名は不動明王。我はお前に力を授けよう。
守るのだ。境界を。そして――人々を救うのだ」
次の瞬間、不動明王と名乗った男の腕が俺の中に入っていく。
抗いがたい強い力を感じる。
それを受け入れた瞬間。
――俺の目に見慣れた天井の映像が飛び込んできたのだ。
そこは紛れもなく自分の部屋の天井である。