目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第2話

 起き上がってみると、自分の部屋の天井がいつもより遠く感じた。

 頭の奥がじん、と痛み、胸のあたりが重い。

 まるで高熱の夢から覚めたような、不快で、不確かな感覚。


 ――本当に夢だったのか?


 あの炎の空間も。不動明王と名乗った存在も、全部。

 だが、そんな疑問は右腕を見た時にすぐ否定された。

 手首の内側に、淡く赤い痕が残っていた。まるで火傷で焼け焦げたような不思議な痕。


「やっぱり、夢じゃなかったんだ……」


 あの禍影に襲われたこと。

 聖剣を持った少女に助けられたこと。

 そして、夢の中であのに告げられた言葉。


(鎮護八葉……。境界守護者……。狂戦鬼……)


 何もかもが、現実から乖離しているようで……それでいて、やけに生々しい。

 しかし、時間は待ってくれない。

 ベッドから起き上がった俺は、制服に袖を通し、朝ご飯もそこそこに家を出た。


 △▼△▼△▼


「よお、マサムネ。なんか寝不足か?」


 教室に入ると、友人のカズキが軽く声をかけてきた。

 その軽さがありがたくもあり、どこか遠く感じている。


「ン……。ちょっと、変な夢を見てさ」

「夢、ねぇ……。どうせ、ゲームのやりすぎだろ。それよりも、聞いたか? 昨日の話」

「何の話だ?」

「駅前で変死体が発見されたって話だよ」


 俺はカズキの言葉にドキッとした。


 ――駅前……。俺が最初に禍影に襲われた場所だ。

 そこから必死に逃げていた記憶が蘇る。

 まさか、俺以外にも襲われた人がいたのか……?


「やべーよな。最近、そういうの多すぎでさぁ」


 そうだなと、俺は返した。


 ――禍影の襲撃。

 ――夢に現れた不動明王と名乗った存在。

 ――右腕に残る赤い焼けたような痕。


 いつもの日常のはずなのに、昨日とはなにかが違ってきている。

 非日常の世界に俺だけが、足を踏み入れてしまったような……そんな感覚を覚えた。


 △▼△▼△▼


 帰り支度をして廊下に出たところで、名前を呼ばれた。


「マサムネくん……だよね。少し、話があるの」


 声の主は、クラスメイトの女の子だった。

 黒髪ロングで、伏し目がちだけどどこか影を宿した瞳。

 普段は誰ともあまり話さない彼女が、まっすぐこちらを見ている。

 その隣に立っていたのは、見間違えようもない。

 昨晩、俺を救ったあの銀髪の少女だった。


「君に伝えたいことがある。……昨日の夜のことについて」


 銀髪の少女の声は静かで、しかし確かな強さを帯びていた。

 動揺を隠せない俺に、クラスメイトの女の子が一歩近づいてくる。


「ちょっと、待って」


 彼女の目がじっと俺を見つめる。まるで、何かを探るように。

 不意に、頭の奥にザワリとした感覚が走った。

 視線だけじゃない。何かが、俺の内側に踏み込んでくる。


「……!?」


 彼女が眉をひそめ、小さく息を呑む。


「どうして……読めない……」


 ぽつりと、戸惑いの混じった声が漏れた。


「え?」

「あなたの心が見えないの。声も、感情も、届かない。

 今まで、こんな人はいなかったのに……」


 銀髪の少女がそれを聞いてうなづいた。


「やはり、か……。ミツキの読心が効かないのなら、確信していい」

「何の話を……?」

「少し、歩こうか」


 銀髪の少女の目に宿る光は、まるで俺の内側を見通しているかのようだった。


 △▼△▼△▼


 校舎の裏手、人気のない中庭。

 風が吹き、桜の花びらが数枚舞っていた。


「君を襲ったのは、禍影という存在。人に仇なす異界の残滓。

 本来、この世界に現れてはならない存在……。だけど、『境界』が揺らぎ始めている」

「境界……?」


 俺が聞き返すとミツキと呼ばれた少女が口を開いた。


「この世界と、もうひとつの世界の境目。それが境界。

 それを護るために生まれたのが、『境界守護者ゲート・ガーディアン』」


 言葉に詰まる。冗談にしか聞こえない。でも、どこかで納得している自分もいた。


「あなたは、『境界守護者』の血を引く者。禍影に狙われたのは偶然じゃない。

 そして、私たちは――その戦いに巻き込まれる人間なの」


 ミツキの目が、まっすぐ俺を見る。


「そして、その『境界』は今、破られようとしている。

 禍影の出現はその前兆。そして……『狂戦鬼きょうせんき』が目を覚まそうとしている」


 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で何かが強く脈打った。

 昨夜の夢が、呼応するように思い出される。

 そして、銀髪の少女が一歩、俺の前に進み出た。


「自己紹介するわね。私はユキミ。あなたと同じ境界を守る守護者の一人。

 君には、私たちと同じ力がある。私たちと共に戦って」

ネオページに新規登録してみませんか?
マイページの便利な機能が利用可能!読書活動を参照して、読みたい作品をスムーズに確認できる!
読書履歴が一目で確認!
魅力的なキャンペーンが充実!アマゾンギフトカードなどもお手軽に獲得できる!
お気に入りの作家を応援できる『応援チケット』を毎日届きます!
作家や読者とのコミュニケーションを楽しめる!
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?