「……何か、音、した?」
呼び込みくんゾンビホイホイ作戦後、フリーダム号はドラッグストアから遠ざかるように移動していた。
が、舗装の剥がれた道路を走っていると、どこからか低く唸るような声が聞こえた。
「まさかゾンビじゃ……ないよな?」
秀人がハンドルを握りながらバックミラーを確認する。
──カサッ。
──ザザッ。
道の両脇、枯れた雑木林の影から、何かがついてきている。
そして、見えた。
灰色の毛並みに鋭い牙、鋼のような筋肉をまとった野生の狼。
しかも一頭じゃない。
「おいおい、群れかよ!」
右から、左から、木立の間を縫うように現れる狼たち。
音もなく、だが確実に、フリーダム号の動きに合わせて付いてくる。
「フリーダム号、出力上げるぞ!」
アクセルを踏み込み、未舗装の道路を突っ切る!
ズシン、ズシンとタイヤが跳ね、車体が揺れるたびに中の冷凍たこ焼きが踊る。
「どんなとこでも走るって書いてあったけど、これ砂利というか、ほぼ崖道だよ!? 行ける!? 行くよな!? フリーダム号だもんな!!」
そんな自問自答してる間にも、狼の群れは食いつくように迫ってくる。
ガツンッ!
一頭が側面に飛びかかる。
だが──
「おっと、無敵装甲舐めんなよ!」
フリーダム号のボディはびくともしない。
跳ね返された狼は転がって立ち上がり、また後を追う。
「これ……ゾンビよりやばくね?」
ゾンビはゆっくり、音と匂いに釣られるだけだった。
だが、狼は違う。
動きが早く、頭も良く、何より生きてる人間の匂いに敏感だ。
「俺のたこ焼きより、こっちが本命ってことかよ……」
半笑いで呟きつつも、秀人はハンドルを右へ切る。
坂を下ると、広がるのは小さな湿地帯。
泥と草に足を取られる狼たちが、次々に足を止めていく。
「……止まった?」
やがて、追ってくる狼の姿は途切れた。
静寂。
遠くで鳥の声が聞こえる。
「……はー、勘弁してくれよマジで」
ハンドルに額をつけて、しばらく息を整える。
「……ゾンビより生き物の方がよっぽど怖ぇじゃん……」
だが──秀人は気付いていた。
あいつら、まだ終わってない。
完全に諦めたわけじゃない。
どこかでこちらの動きを見て、追うべきかどうか、判断してる。
ただの動物じゃない。
ここで生き抜いている“野生”のプロだ。
「……フリーダム号、もっと遠くへ行こう。狼のテリトリー、抜けるまでな」
誰に聞かせるでもない独り言。
だがその声に、エンジンの音が答えるように響いた。