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第50話 さらば本州、いざ津軽海峡へ

 青森の風は冷たく、潮の匂いがどこか寂しげに漂っていた。

 目指すは青函トンネル、だが、そこにあるはずの“出口”は瓦礫に埋もれ、完全に閉ざされていた。


「……マジかよ」


 しゅうはハンドルに額を押し当てていた。

 長い道のりを旅してきた。ゾンビに追われ、仲間を増やし、フリーダム号と共にここまで来た。

 そのすべてが“行き止まり”だと告げられた気がした。


 助手席で不安そうにしているユイが声をかける。


「しゅうさん……」


「ちょっと待ってろ」


 ふいに思い立ち、センターコンソールの奥深くへと指を伸ばした。

「フリーダム号は、普通じゃない。絶対、何かあるはずだ」


 モード切替、パネル展開、隠しスイッチ……

 そして、ひとつのタブに光が灯る。


【水上モード:対応可能】


「……おいおいおい、これ、マジかよ!?」


 思わず声が漏れる。即座にエンゲージ。

 車体後部からガション、と重厚な音が鳴り響いた。

 外に出て確認すると、まるで潜水艦のようにウォータージェットノズルがせり出し、下部の吸水口が展開していた。


「フリーダム号、お前マジで何者なんだよ……」


 ユイが呆然としながらぽつりとつぶやく。


「飛んだり、しないですよね?」


「……それ、フラグ立てるなよ?」


 行き止まりの先には、まだ海がある。

 そして“向こう”には、未踏の大地・北海道がある。


 しゅうはハンドルを握り直すと、コンソールに航行距離と時間を入力する。

「およそ40キロ、5時間コース……やるしかないな」


 コハクがくぅんと鳴いた。

 ユイは静かに窓の外を見つめている。


「じゃあ、いくぞ」


 静かにエンジンが唸り、タイヤが引っ込み、フリーダム号はコンクリの斜面をゆっくりと海面へ滑り降りていく。

 ドンッ……と重みのある音と共に海に浮かぶと、波間に揺れながら静かに進み始めた。


「浮いたぁ……!」


「どこまで出来るんだよ、こいつ」


 津軽海峡の冷たい風が窓を叩く。

 しゅうはスピードを確認する。


「時速18キロ……まあこんなもんか。ゆっくり、でも確実にいける」


 5時間の海上航行。

 外はゾンビはいないが、代わりに何があるかわからない。


「しゅうさん……このまま、北海道につけるかな」


「つけるさ、そうじゃなきゃ今頃ずっと一人で、東京から出られなかった」


「……ありがとう」


「礼は北海道で、美味いもん食ってからにしようぜ」


「なにがあるんですかね」


「ジンギスカン、スープカレー、イクラ、ウニ、あとは……」


「しゅうさん、食いしん坊?」


「文句あるか?」


「ないです。頼もしいです」


「わふーん!」


 波しぶきと会話、そしてコハクの鳴き声が、津軽の海に溶けていく。


 いま、終末世界の旅は新たなステージへ。

 本州に別れを告げ、いざ北の大地、北海道へ!

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