青森の風は冷たく、潮の匂いがどこか寂しげに漂っていた。
目指すは青函トンネル、だが、そこにあるはずの“出口”は瓦礫に埋もれ、完全に閉ざされていた。
「……マジかよ」
しゅうはハンドルに額を押し当てていた。
長い道のりを旅してきた。ゾンビに追われ、仲間を増やし、フリーダム号と共にここまで来た。
そのすべてが“行き止まり”だと告げられた気がした。
助手席で不安そうにしているユイが声をかける。
「しゅうさん……」
「ちょっと待ってろ」
ふいに思い立ち、センターコンソールの奥深くへと指を伸ばした。
「フリーダム号は、普通じゃない。絶対、何かあるはずだ」
モード切替、パネル展開、隠しスイッチ……
そして、ひとつのタブに光が灯る。
【水上モード:対応可能】
「……おいおいおい、これ、マジかよ!?」
思わず声が漏れる。即座にエンゲージ。
車体後部からガション、と重厚な音が鳴り響いた。
外に出て確認すると、まるで潜水艦のようにウォータージェットノズルがせり出し、下部の吸水口が展開していた。
「フリーダム号、お前マジで何者なんだよ……」
ユイが呆然としながらぽつりとつぶやく。
「飛んだり、しないですよね?」
「……それ、フラグ立てるなよ?」
行き止まりの先には、まだ海がある。
そして“向こう”には、未踏の大地・北海道がある。
しゅうはハンドルを握り直すと、コンソールに航行距離と時間を入力する。
「およそ40キロ、5時間コース……やるしかないな」
コハクがくぅんと鳴いた。
ユイは静かに窓の外を見つめている。
「じゃあ、いくぞ」
静かにエンジンが唸り、タイヤが引っ込み、フリーダム号はコンクリの斜面をゆっくりと海面へ滑り降りていく。
ドンッ……と重みのある音と共に海に浮かぶと、波間に揺れながら静かに進み始めた。
「浮いたぁ……!」
「どこまで出来るんだよ、こいつ」
津軽海峡の冷たい風が窓を叩く。
しゅうはスピードを確認する。
「時速18キロ……まあこんなもんか。ゆっくり、でも確実にいける」
5時間の海上航行。
外はゾンビはいないが、代わりに何があるかわからない。
「しゅうさん……このまま、北海道につけるかな」
「つけるさ、そうじゃなきゃ今頃ずっと一人で、東京から出られなかった」
「……ありがとう」
「礼は北海道で、美味いもん食ってからにしようぜ」
「なにがあるんですかね」
「ジンギスカン、スープカレー、イクラ、ウニ、あとは……」
「しゅうさん、食いしん坊?」
「文句あるか?」
「ないです。頼もしいです」
「わふーん!」
波しぶきと会話、そしてコハクの鳴き声が、津軽の海に溶けていく。
いま、終末世界の旅は新たなステージへ。
本州に別れを告げ、いざ北の大地、北海道へ!