「ねえ、異界送りって知ってる?」
放課後の教室、夕暮れに染まる窓際で、真白(ましろ)が何気なく口にした一言に、私は思わずノートを閉じた。
「え、なにそれ?」
「最近、SNSでちょっとバズってる都市伝説。夜中に突然、教室に“召喚”されて、誰かを“異界”に送らないといけないってやつ」
「またその手のやつ? くだらない――」
「うちの学校でも、似たようなことがあったんだって」
そう言って、真白はスマホを差し出した。そこには見覚えのある教室の写真。そして、投稿の下には短いコメントが並んでいた。
「夜中に気づいたら教室にいた」
「変な担任に“投票しろ”って言われた」
「あの5人、今も学校に来てない」
冗談とは思えない寒気が背筋を這った。
その夜――。
私は、ふと目を覚ました。
窓の外は深い闇に沈み、時計は午前2時13分を指していた。喉の渇きを覚え、ベッドから降りる……つもりだった。
気がつくと、私は教室に立っていた。
全員がいた。制服姿のクラスメイトたちがざわざわと不安げに呟き、騒ぎ出している。教室の明かりは暗く、蛍光灯がチカチカと不安定に明滅していた。
「……夢?」
そう思った時、教室の扉がゆっくりと開いた。
ギィィィィ――
そこに現れたのは、私たちの担任、佐久間だった……だが、どこか違う。表情は見えない。いや、仮面をつけていた。
無機質な白い仮面、口元だけが笑っているように湾曲し、目の穴からは何も見えなかった。
「――五人。選びなさい」
その声は担任のものに似ていたが、感情が欠けていた。
教室が凍りつく。
「な、なに言ってんの?」
「これ、夢だろ? なあ、誰かドッキリって言ってくれよ!」
「……投票、しなければ全員が“送られる”」
黒板にはいつの間にか、タブレットが置かれていた。各自の名前が並び、タッチで選べる仕様になっている。
「……マジで、やるの?」
誰かが震える声で呟いた。
そして、始まった。無言で、しかし確実に操作されていく画面。
名前が、次々と選ばれていく。
不登校気味の子。運動が苦手な子。大人しくて目立たない子。カーストの底辺、常に笑われていたあの子……。
その時、私は悟った。“これは夢じゃない”。
名前を呼ばれた5人は、足元から黒い霧に包まれ、叫びも飲み込まれながら消えていった。
……その先に、何が待っているのか。
翌朝。
目が覚めた私は、自宅のベッドの上にいた。
夢、だったのだろうか?
ふらふらと学校へ向かった教室には、確かに“あの5人”の席が空いていた。担任に尋ねても「今日は欠席だ」と繰り返すだけ。
ざわめく心を抱えたまま、私はスマホを開く。
タイムラインには、昨夜と同じ投稿が再び浮上していた。
「また召喚された」
「逃げたけど、間に合わなかった」
「あいつらのせいで……!」
その夜、再び私は目を覚ます。
暗い教室、恐怖に震えるクラスメイトたち、そして――仮面の教師が言った。
「――五人。選びなさい」