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第21話 終焉の祈り

 教室の空気は、黒く淀んでいた。


 仮面をかぶった澪が、異界そのものを背負って立っている。


 彼女の周囲には、かつて異界に消えた生徒たちの影が揺れていた。


 彼らは皆、無言で、それでも苦しげに、手を伸ばしていた。


 ◇ ◇ ◇


 私は、震える手で仮面の破片を握りしめた。


(終わらせなきゃ)


 どれだけ辛くても。

 どれだけ悲しくても。


 この異界を。

 この呪いを。


 ◇ ◇ ◇


 澪が、歩み寄ってくる。


 仮面の下から、微かな声が漏れた。


「どうして……どうしてわかってくれないの」


 私は、答えた。


「わかってる。だから、終わらせるんだよ」


 私は破片を高く掲げ、まっすぐに澪に向かって走った。


 澪も、仮面の手を伸ばした。


 二人の間に、異界の風が巻き起こる。


 黒い霧が渦巻き、悲鳴とも、笑い声ともつかない音が響く。


 ◇ ◇ ◇


 一瞬、時間が止まったようだった。


 澪の手が、私の破片に触れた。


 その瞬間。


 仮面が、ぱきりと音を立てて、ひび割れた。


 澪の仮面に、無数の亀裂が走る。


 教室の壁が、床が、空が、崩れ始める。


 ◇ ◇ ◇


「……ごめんね」


 澪が、仮面の下から、かすれた声で呟いた。


「本当は、私も、君と同じだった」


 崩れていく世界の中で、澪は仮面を外した。


 その顔は、あの頃と変わらぬ、静かな微笑みだった。


 澪は、そっと手を伸ばしてきた。


 私は、その手を、握り返した。


 ◇ ◇ ◇


 異界が、消えていく。


 黒い霧も、悲しみも、絶望も。


 すべてが、風に溶けていく。


 ◇ ◇ ◇


 気がつくと、私は、廃村の祠の前に立っていた。


 朝日が、差し込んでいた。


 ポケットに入れていたはずの仮面の破片は、跡形もなく消えていた。


 私は、静かに目を閉じた。


「……さようなら、澪」


 風が、優しく頬を撫でた。


 ◇ ◇ ◇


 エピローグ


 数ヶ月後。


 大学院の研究室で、私は新しい論文に取り組んでいた。

 都市伝説、異界、儀式。すべてを、静かに記録していく。

 それが、ここで失われた存在たちへの、せめてもの祈りだから。


 窓の外では、春の風が吹いていた。


 ポケットには、何もない。


 ただ、心の中にだけ、澪の微笑みが残っていた。


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