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第20話 仮面の継承

 教室の空気が、凍りついた。


 白い仮面をかぶった澪が、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。


 その歩みは、ためらいなく、迷いひとつなかった。


 ◇ ◇ ◇


 私は、破片を握りしめたまま立ち尽くしていた。


 澪は、教壇の前に立ち止まった。


 そして、静かに仮面を外す。


 露わになった顔は、あの頃のまま、穏やかで、優しい澪だった。


 ただ――その瞳には、狂おしいほどの悲しみが滲んでいた。


 ◇ ◇ ◇


「凛」


 彼女は、静かに言った。


「君には、わからない。この世界を守るために、どれだけのものを犠牲にしてきたか」


 私は、唇を噛んだ。


「犠牲なんて、必要なかった」


「必要だった」


 澪はきっぱりと断言した。


「私たちがこうして生きていられるのは、異界があったからだ。誰かが、悲しみや怒りを背負って、閉じ込めてくれたから」


 私は、首を振った。


「それは違う。

 誰かを犠牲にして成り立つ平和なんて、間違ってる」


「……理想論だね」


 澪は、悲しそうに笑った。


「理想だけじゃ、生きていけない。私たちは、悲しみも、絶望も、どうしようもなく積み重ねながら、それでも世界を繋ぎ止めなきゃいけないんだ」


 その声は、痛いほどに切実だった。


 ◇ ◇ ◇


 教室の壁が、微かに軋み、歪みはじめる。


 異界の構造が、この対決に反応していた。


 澪は、手にした仮面を胸に抱きしめた。


「凛。君に、この仮面を継がせるよ」


「……何?」


「君なら、できる。私よりも、もっと強く、異界を守れる」


 そう言って、澪は仮面を差し出してきた。


 白い仮面。


 それは、異界送りの象徴。犠牲の象徴。


 私は、ゆっくりと首を振った。


「私は、受け取らない」


 澪の手が、微かに震えた。


「……どうして。君も、血を引いているのに」


「だからだよ」


 私は、まっすぐに澪を見返した。


「私は、この血を、呪いを、ここで終わらせる」


 ◇ ◇ ◇


 澪は、ふっと息を吐いた。


「そうか」


 そして、顔に仮面をかぶった。


 教室の空気が、一気に黒く、濁った。


 異界そのものが、澪の存在を中心に、蠢きはじめる。


 彼女は、もう澪ではなかった。


 異界そのもの。


 異界教師――新たな仮面の支配者。


 ◇ ◇ ◇


 私は、震える手で破片を掲げた。


 異界を終わらせるために。


 そして、澪に向かって、歩き出した。

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