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第19話 血の門

 私は、仮面の破片を手に、祠の奥へと進んでいた。


 草に埋もれた石段、崩れた石畳、夜の帳が降りる中、世界は少しずつ、輪郭を失っていく。


 風が止まった。


 虫の声も、木々のざわめきも、消えた。


 私の足音だけが、乾いた音を立てて、静かな村に響いていた。


 ◇ ◇ ◇


 祠の裏手に、かつて井戸だったものの跡があった。


 崩れた縁。黒く開いた穴。そこから、微かに、風とは違う空気が吹き上げていた。


 冷たく、重く、腐った花の匂い。


 私は、仮面の破片を握りしめた。


 そして、井戸の縁に立ち、覗き込んだ。


 そのとき――破片が、微かに光った。


 ◇ ◇ ◇


 ぐらり、と景色が歪んだ。


 地面が、空が、空気が、ぐにゃりと曲がり、ひっくり返る。


 私は咄嗟に目を閉じた。


 耳をつんざくような風の音。

 誰かの泣き声。

 教室でチョークを走らせる音。


 すべてが、耳の奥で渦巻いていた。


 ◇ ◇ ◇


 ゆっくりと目を開けると、私は、そこに立っていた。


 あの夜の教室に。


 ◇ ◇ ◇


 見覚えのある教壇。

 並ぶ机と椅子。

 黒板に書かれた白い文字。


『五人、選びなさい』


 だが、それだけではなかった。


 教室の隅に、子供たちが立っていた。


 制服姿の少年少女たち。

 皆、顔がぼやけ、表情はなかった。


 彼らは一斉に、私を見た。


 その瞳に、憎しみも悲しみも、すべてが入り混じっていた。


 ◇ ◇ ◇


 私は、必死に口を開いた。


「私は、違う。誰も選ばない。誰も、異界に送りたくない!」


 しかし、子供たちは一歩、また一歩と、私に近づいてきた。


(違う、違う……!)


 私は後退りしながら、破片を握り締めた。


 そのとき。


 教室のドアが、音もなく開いた。


 そこに立っていたのは――澪だった。


 ◇ ◇ ◇


 彼女は、白い仮面を手に持っていた。


 その仮面は、まるで血で染めたかのように、赤黒く滲んでいた。


 澪は、何も言わなかった。


 ただ、まっすぐに私を見つめていた。


 その目は、冷たく、そしてどこまでも、悲しみに満ちていた。


 私は、理解した。


 これが、澪の選んだ答えなのだと。


 ◇ ◇ ◇


 教室の中で、誰もが息を潜めて見守っていた。


 異界の空気が、ぎしぎしと軋みながら歪んでいく。


 そして、澪は、静かに仮面を顔に当てた。


 白い仮面が、彼女の顔を覆った瞬間。


 澪の身体から、黒い煙のようなものが、ふわりと立ち上った。


 それは、異界そのものの呼吸だった。


 私は、ぐっと破片を握り締めた。


(私は、戦う。澪を、止める。)


 どんなに悲しくても。

 どんなに辛くても。


 私は、この呪われた異界を、終わらせる。

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