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第18話 さようなら、異界

 朝。

 私は、重たい身体を引きずるようにして布団から起き上がった。


 昨夜見た少女の幻影。

 助けを求める声。


 あれが夢か現実かも、もうよくわからなかった。


 ◇ ◇ ◇


 縁側に出ると、すでに澪が外で待っていた。


 彼女はいつも通り、穏やかに微笑んでいた。


 だが、その笑顔の奥に、私はどうしても拭いきれない影を見る。


「今日は……どこへ行くの?」


 私は、努めて平静を装って聞いた。


 澪は、少しだけ首をかしげた。


「今日は、案内しないよ」


「え?」


「君は、もう十分に知ったから」


 澪の言葉は、穏やかだった。


 けれど、その奥には、確かに「別れ」を感じた。


 ◇ ◇ ◇


 広場の祠の前。


 私たちは、向かい合って立った。


「凛」


 澪が言った。


「ここから先は、君が選ぶんだ」


 彼女の声は、静かだった。


 けれど、その言葉には、明確な線引きがあった。


「君が異界を壊したいなら、止めはしない。

 でも――

 私は、君とは違う道を選ぶ」


 私は、黙って澪を見つめた。


「異界送りは悪いことじゃない。犠牲は、必要なことだった。悲しいけど、世界を保つためには、仕方なかった」


 澪の瞳は真っ直ぐだった。

 揺らぎがなかった。


 彼女は、本当にそう信じていた。


 私は、胸の奥に湧き上がる痛みを感じながら、口を開いた。


「私は、そんな世界、いらない」


 私は、犠牲の上に成り立つ平穏なんて、信じたくなかった。


「私は、異界を壊す。もう誰も、こんな目に遭わせたくない」


 澪は、ふっと微笑んだ。


 寂しそうな、でもどこか誇らしげな微笑みだった。


「そっか」


 それだけ言って、彼女はくるりと背を向けた。


「じゃあ――」


 小さく、でもはっきりと、彼女は言った。


「また、異界で会おうね」


 その背中は、静かに夕暮れの中へ消えていった。


 ◇ ◇ ◇


 私は、一人、祠の前に残った。


 風が草を揺らす音。

 遠くで、鳥の影が飛び立つ気配。


 異界は、すぐそこにある。


 私は、ポケットから仮面の破片を取り出した。


 血に染まった破片。


 これが、扉を開く鍵。


 私は、覚悟を決めた。


 これから先、何が待っているかはわからない。


 でも、進むしかなかった。


 さようなら、異界。


 そして、さようなら、かつての澪。


 私は、破片を強く握り締め、祠の奥へと、歩き出した。

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