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見えすぎた視界

 ピーンポーン。


「配達でーす」


 私は、「待ってました」とばかりに玄関の扉を開ける。そこに立っていたのは、ごく普通の人。これといって変わったことはない。最新式のメガネをかけている以外は。


「もしかして、お兄さんも使ってるんですか?」


「ええ、もちろん。便利ですからね、このメガネ。片方は未来を見れて、もう片方は過去を見れる。そして……」


「両目で見れば現在が見える。そうでしょ?」


 言われなくても分かっている。これが来る日を待ちに待っていたのだから。


「あ、ここに押印をお願いします」


「もちろん。使い心地はどう?」


「うーん、思っていたほど便利ではないですね」


 過去も未来も見えるのに便利じゃない? この人は、発明の素晴らしさが分かっていないな。


「では、私はこれで。人気商品で配達が多いので……」


 私は「ご苦労様」とだけ言うと、部屋に戻る。


 さっそく外の包装を破ると、仰々しい箱が現れ、商品名が書かれている。そんなものに興味はない。クリスマスプレゼントをもらった子供の如く箱もビリビリと破る。説明書が入っていたが、これも無視。こういう説明書は困った時だけ見ればいいのだ。家電だってそうなのだから。


「これが、夢のメガネ……」


 メガネのレンズは赤と青に塗り分けられている。赤が過去、青が未来。それぞれが分かるように色分けされているのだが、これでは一昔前の3Dメガネのようで少しダサい。


 さっそくかけてみるが、見えるのは当然現在。今までと何の変わりもない。右目だけを開けてみると、さっきまでと景色が違う。少しだけ過去を見ているのだから当たり前だ。


「へえ、面白いじゃん。でも、過去はすでに分かってるんだから、未来を見なきゃ意味ないのよね」


 今度は左目を開けてみる。キッチンで料理を作っている私が見える。今日の夕飯はカレーらしい。ちょうど、何にするか迷っていた。これで、迷う必要はなくなった。


「さて、買い出しに行かなきゃ」





 街中を歩いていると、ほとんどの人がメガネをかけている。しかし、両目を開けている。それじゃ、メガネの意味ないじゃない。


「いらっしゃーい。いつもの、買っていくかい?」


 いつものとは、トマトのことだ。だが、今日の夕食はカレー。トマトを入れる主義ではない。


「いいえ。今日はカレーだから、それ用の食材が欲しいわ」


「了解。少し待っててください」


 八百屋の店主は慣れた手つきで野菜を袋に詰めていく。


「はい、代金」


「はあ、まだ袋詰めの途中ですよ?」


 いけない、未来を見てたから詰め終わったと勘違いしてしまった。このメガネ、未来を見せてくれるけど、音は未来ではないから面倒ね。


「今度こそ、詰め終わりました。代金は……」





「買い物も終わったし、ちょっとデパートに寄ろうかしら」


 その時、猛スピードでバイクがすぐそばを駆け抜けていく。


「ちょっと、危ないじゃない!」


「危ないだと? そっちの方が危ないだろ、おばさん」


 バイクの運転手は中年だったのに、声は若者。また、音声が遅れて聞こえてるのね。それにしても、おばさん? 私、これでも30代よ。おばさん呼ばわりは失礼ね。


「分かった、あんた未来しか見てないだろ。何が見えたか知らないが、かけ続けると危ないぜ」


 言われなくても分かってる。今日だけ、未来を見るんだから。明日は過去でも見ようかしら。


「説明書読んだか?」


「読むわけないでしょ!」


「なら、すぐに読みな。何も知らずに使うのが、どれほど恐ろしいか分かるぜ」


 なんてお節介なの!


 でも、読まないのもマズイかもしれない。軽く目を通すくらいはするべきかもしれない。





「ただいまー」


 鍵はすでに開いていたから、うちの人が帰っているのは間違いない。


「おかえり。お、さっそくかけてるんだな。そのメガネ」


「ええ、もちろん」


「ところで……説明書読んだ?」


「あなたまで、そんなこと言うの? お説教はもう勘弁よ!」


「お前が、こういうのが苦手なのは分かってるけどな、何事にも順序ってものがある。いいか、読むぞ。『このメガネの使用は最大でも一分まで。それ以上使うと、幻覚・幻聴の危険あり』。どれくらいかけてるんだ、片目の状態で」


「そうね、えーと。半日……かな」


「半日!? 分かったぞ、さっきから言動がおかしいのが。ひとまず、メガネを外せ」


「おかしいって、何がおかしいのよ」


 私は渋々メガネを外す。すると、そこには驚きの光景が広がっていた。


 商品箱の目の前に座りっぱなしの私。そして、そこには誰もいなかった。

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