20XX年。人々はスマートフォンに支配されていた。
かつての「スマホ中毒」とは訳が違う。今やその支配は物理的で、絶対的だった。人々は皆、腕輪型スマホをつけて生きていた。年齢や健康状態に関係なく、寿命は「充電残量」によって決まる時代。0%になれば、その瞬間に死ぬ。残り20%なら、20歳で終わり。もしその時点で30歳だったなら――即死だ。
当然、富裕層は高性能スマホを与えられ、安定した充電供給によって90歳、100歳までの命が保障される。一方で、貧民層、特に部品奴隷たちは、安価なスマホと最低限の電力しか与えられず、30代を迎える者はほとんどいなかった。
ハヤトはその一人だった。地下の工場で高性能スマホの部品をひたすら作らされる日々。肌は灰色に近く、常に薄暗い蛍光灯の下で呼吸する空気は酸味を帯びている。
「なんで、俺はこんな作業をさせられてるんだ……」
ハヤトはぼそりと呟く。横でネジ締めをしていた少年が顔を上げたが、何も言わなかった。
「もし、俺たちがストライキを起こせば、富裕層もすぐに死ぬ。でも……画策すれば、その前に切られる。充電を0%にされて、な」
腕輪型スマホの左上には、赤く光る数字。「残り:31%」。ハヤトは31歳まで、生きられるはずだった。それでも、今にも心臓が止まりそうな感覚に襲われていた。
ある日、工場の一角で密談が始まった。ハヤトと、充電施設の管理係だったケイ、部品検査のアヤ、計3名。
「……つまり、富裕層向けの充電施設を燃やせってことか?」
ケイが言った。
「そうだ。あそこが燃えれば、富裕層は補給できなくなる。俺たちの命の重さが、あいつらの命より重くなる。交渉できる」
「交渉? 殺し合いになるに決まってる」
アヤが口を挟む。
「奴らは、交渉するだけの人間性なんて、とっくに失ってる」
「だからこそやるんだよ。燃やす。ただ、それだけだ」
数日後の深夜。ハヤトたちは、富裕層用の超急速充電センターに潜入した。ケイが内部の回線を短絡させ、アヤが廃棄用リチウム電池を設置。着火剤として廃油を流し込んだ。
そして――
――爆発は起こった。
火の手は瞬く間に天井を這い、建物全体を呑み込んだ。警報が鳴るより早く、中央制御システムはダウン。富裕層のスマホは、一斉に低電力モードに切り替わり、数時間後には次々と死亡が確認された。
情報は封鎖され、ニュースも流れなかったが、街の上空を飛ぶドローンの数が激減し、電飾広告が次第に消えていったことで、人々は気づいた。
だが、それは「解放」ではなかった。
部品係と充電係、そして他の下層労働者たちの間で「新しい秩序」を巡る争いが始まった。
「俺たちがスマホの心臓を作っていた。お前らなんかに、支配される筋合いはない!」
「ふざけるな! 電気がなきゃスマホも動かんだろうが!」
食糧庫が焼かれ、配電室が爆破された。誰もが、自分のグループが頂点になることしか考えていなかった。連携も、計画も、希望も、何もなかった。
そして、数週間が過ぎ――
ハヤトは倒れていた。かつての工場の跡地。冷たい金属片に背を預け、乾いた血に染まった指で腕輪を見る。
「残り……0.1%……か……」
視界が暗くなる。誰かの泣き声が聞こえる。喧嘩の声。罵倒の言葉。そして、沈黙。
「結局……こうなるのかよ……」
人間の愚かさ、醜さ――。上がいなくなれば、今度は下が争う。
ハヤトは笑った。ほんの、かすかに。
やがて、腕輪が“ピッ”と音を立て、ディスプレイが暗転した。
残量:0%
その瞬間、ハヤトの体は静かに崩れ落ちた。
――人類に残されたのは、充電も、秩序もない、焦土のような都市だけだった。