喧騒の町に静かなカフェが一つ。昼時で書き入れ時の時間帯だが、このカフェには人の姿が見当たらない。そんな静かなカフェに入店の鈴の音が響く。店主は食器を拭きながら入口へ目を向ける。鈴の音を鳴らしたのは、こんなに暖かいのに男性もののコートを羽織った女性だった。目を合わせると店主は拭いている食器を置いて女性を席へ案内しようと近寄ると、女性は「もう一人来る」と言って二人席を希望する。店主は優しく微笑み女性を案内する。女性が席へ座ったのを確認すると店主は女性の前に水を出す。女性はコートを脱ぎそのまま時間を過ごす。店主がカウンターへ戻ると再び入店の鈴の音が鳴る。アタッシュケースを持った、黒ぶちメガネのスーツの男性が店内を見て女性と目を合わせる。男性が女性の方へと座るのを確認すると店主は男性の分の水も差し出す。店主が来たタイミングで男性はコーヒーを頼み、女性も同じものを注文する。
「それではしばらくお待ちください。」
店主がコーヒーを作るためカウンターへ戻る。男性はネクタイを緩めアタッシュケースを足元に置く。
「改めて、僕らLOW…君も復讐したくてたまらないOWLへ同じく復讐を誓った組織だ。そして、僕はそこの創設者の一人、カラスマだ。よろしく。」
「掃除屋の影虎だ……それで、私を呼び出してまで何が目的だ?」
カラスマはアタッシュケースを机の上に置き開ける。ケース内の匂いと共に現れたのは数百万円はある一万円札の束が現れる。
「単刀直入に…僕らに協力をしてくれ。これは前払いのお金だ。依頼を受けてくれたらさらにこの倍の値段を出す。」
影虎こと月下琥珀はその札束とカラスマの顔を交互に見て少し考えた後に口を開いた。
「…断る。」
「なぜ?悪くない提案のはずだけど?」
「あぁ、悪くないな……情報も持ってきているんだろう……だが、これは私の復讐であって傷のなめ合いがしたいわけじゃない。君らもOWLに復讐を考えているのだろうが、君らと私の境遇は似て非なるものだと思う。」
「あくまでも一人でやると……そういうことだね?」
月下は無言でうなずく。カラスマはその力強い目を見てアタッシュケースを閉じて再び足元へ置く。その直後に店主はコーヒーを二つ持ってくる。カラスマはコーヒーに一口、唇を付けるとゆっくりとコーヒーカップを置く。月下はその様子を見て少し申し訳なさそうにコーヒーの伸びていた手を引っ込めてカラスマへ謝る。
「すまないな。これは私の問題だ。でもどこかで出会った時は協力することを誓おう……これは昨日の手紙に同封されていた情報だ。返そう。」
カラスマはそんな月下を見てコーヒーへ手を伸ばしながら情報を月下へ返す。
「いや、その情報はせっかくだからもらってよ。まぁ、今回は僕らの存在もあるってことを伝えたかっただけだから……まぁ、またどこかで出会えるといいね。」
カラスマは席を立ちあがり二人分のお金を月下の前に出して退店した。店主は店の奥からフレンチトーストを二人分持ってきたが月下を見て止まる。
「ありゃ、男性の方は帰ってしまいましたか……サービスのフレンチトースト持ってきてしまったなぁ……」
「あぁ、急用だそうだ……それより店主、お前喰ってるな?」
店主は微笑みながら何のことかと月下の殺気立った目の意味を探る。そして、手に持つサービスのフレンチトーストを見て慌てて机に置く。
「これはサービスで決して手は付けていないですよ。」
月下は、コートに手を突っ込み銃を取り出す。店主の眉間に銃口を突きつけ引き金に指をかける。店主は反射的に両手をあげて怯えた表情を見せる。
「とぼけるな。この店は調べがついている。口コミの星がつかないレビューもゼロ……だが、とあるディープウェブとダークウェブの狭間のオカルトサイトには唯一載っていた……お前の店なんて言われているか知っているか?」
「な、なんて言われているんですか?」
「”人を食べる店”だ。」
店主はその言葉に突然怯える演技をやめ口角を上げて月下をなめるように見る。月下はその視線に嫌悪を覚えて引き金を引く。店主は弾丸が額に到達する前に月下から距離を取り、首を鳴らしながらエプロンを脱ぐ。
「おいおい、ここいらは恰好の餌場だったのに……お前なにもんだ?」
「言わなくても匂いで分かるだろう?」
店主は再び引き金を引く月下へ距離を詰めて月下の首を掴む。そしてその姿を変えていく。
毛深く、獣臭く、大きく、姿を変えていった。例えるのならハイエナ。その灰色の体毛に曲がった背中。店主はハイエナのバケモノに姿を変えた。
「俺の正体を知ったお前にはここで消えてもらう。」
「……はっW」
月下は鼻で嗤うと掴まれている手を強く握り解放させる。人間が出しようがない怪力にハイエナのバケモノは驚きながら月下を解放して視線を移す。
「お、お前本当になにもんだ!こんな怪力……人間が出せるわけない。」
月下はコートを羽織りポケットからベルトを取り出す。ベルトを腰に装着しバックル部分を開けて、次は注射器を取り出す。その注射器をバックル部分にセットしてバックルを閉める。
「お前だけがバケモノだと思うなよ?」
バックル部分の突起を押して注射器の中の液体を注入する。突起が押されたことでベルトは機械音を響かせながらどこかの国の言葉が流れる。
『
「
月下の肌が赤くなると、周囲1mの物体が溶けたり燃えたりして体が店主のように異形へと体を変態させる。仄暗い橙色の体毛に黒と白のライン。そして眼前のハイエナを睨む碧色の瞳。例えるのならば”虎”両腕が太くたくましくなっているものの月下の女性らしさもある店主とは違った人に近い異形。その姿を見てハイエナは慌てる。
「お、お前も……」
「お前”も”?」
月下はその一言に嫌悪を示しハイエナとの距離を一気に詰める。そして素早い打撃をハイエナのみぞおちへ叩き入れる。うずくまるハイエナに月下はハイエナを持ち耳元でささやく。
「お前らと一緒にするな。」
月下はハイエナを掴んだままベルトへ手を伸ばし突起を再び押し込む。
『
音声が流れると月下の足が赤く鈍く光り始める。ただならない空気圧にハイエナは弱々しくも月下の手から逃げようとするが、時すでに遅し。月下は充填された右足をハイエナの鳩尾へ叩き入れる。ハイエナはそのまま何も言えずに爆散した。
「私は人間は食べない。」
ベルトを外し変態を解く。コートを着直してぐちゃぐちゃになった店内を見渡し、散乱したフレンチトーストを見つけ手に取る。そして匂いを嗅いですぐに捨てる。
「睡眠薬入りだったわけだ。」
そのまま月下はカウンターを超えて裏の厨房の方へ入っていく。そして薄く残る血の匂いをたどり業務用冷蔵庫へ手を伸ばし開ける。冷気と共に血の匂いが充満し始める。
「気色が悪い趣味だ。」
そして、厨房にあったガスの元栓を全開にして表に戻ってくる。そしてカウンターにあったパソコンを探り何かOWL関連の情報がないかを見ていくが特に目ぼしい情報は無かった。
「野良、もしくは施設を抜け出したやつか……」
ガスが充満してきた店内を見渡し月下は口元を覆いながら裏口を見つけてそこから退店した。その後は充満したガスが暴発し店は大爆発した。その後、星のつかないカフェの火事はニュースになったが世間ではそこまで話題にならず大きな騒ぎにはならなかった。そしてそのニュースが出て例のオカルトサイトでは都市伝説「都市伝説殺し」が話題になるのだが、それはまた別の話。
続く。