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【天が紅】あるいは、共倒れ

獣は問うた。


なぜ、人間は不自由の中で幸せを求めるのか。なぜ、自由を求めないのか。


人間は答える。


自由と幸せは決してイコールではない。自由だからといって幸せとは限らない。人にとっての幸せはそれぞれ異なる。食に幸せを感じる者、ただ生きていることに幸せに感じる者、死に幸せを見出す者、様々だ。貴様ら獣とは考え方が違う。


獣は踵を返して歩き始める。


人間はその様子を見て獣のあとを追う。


来るな。


獣は言った。人間は獣の咆哮のような声に足を止めて歩き続けた。


我々はどうやら、互いにすれ違うだけの関係だったようだ。


獣は言った。人間はその悲しそうな背中に夕日を重ねながら獣を見送った。


ヒトトケモノトオトトトビラ─────作:八雲藤四郎


────────────


「まだ、倒れない。か……」


拳を突き出していた月下琥珀は暗がりの中で一狼をにらみつける。一狼も足を上げたまま静止して月下と視線をぶつけている。


「ここで死ぬわけにはいかないんです……」


一狼は足に力を入れようとする。月下も拳に力を入れようとするが、互いに力が入らない。そのまま崩れていくように二人は地に膝をつく。急いで立ち上がろうと地を這いつくばる。視界もぼやけてきて意識が遠のいていく。


「逃が……さな…い」


「死ぬわけ……には」


二人の体からは溶けるように力が抜け、スライムのように完全に血に伏せてしまった。その二人に首が飛んで死んだはずのギンピディウスの体が動き近づいてきた。落ちている首はその様子を見て二人の頭に銃を突きつける。引き金に指をかけて引こうとしたその瞬間、ギンピディウスの耳に声が聞こえる。


「いや~アイディアをまとめるのに時間がかかってしまったよ。」


グララスは恐る恐る目をこの方向へ向ける。そこにはこちらを見つめる八雲の姿があった。八雲はグララスの頬を指でつつきながら口を開く。


「植物系のディウスがほぼ不死というのは事実みたいだね。」


「それがどうした?俺の体は向こうだ。俺が確実に指に力を入れて引き金を弾けばあいつは死ぬぞ?」


八雲は腰にベルトを巻きながら流れるような動作で変態する。


「そうかい。それはいけないことだね。」


変態した八雲の指は爪が鋭くなりその爪はグララスの頬へ食い込み、血がうっすらと伝う。


「で?勝利したつもりかい?」


「状況が読めてないみたいだな?」


「あぁ、そうだね。私は読むのは得意じゃないんだ。得意なのは、書くことさ。」


EXECUTIONエクスキューション


八雲の足が赤く光り始める。そのままグララスの頭を持ち上げる。


「な、何をしている?」


「君の敗因は二つある。一つ目は僕をここに近づけたこと。二つ目は、僕に向かって銃口を向けなかったこと。」


グララスの首が宙へ上がる。グララスは慌てて体を操縦し銃口を八雲へと向けるが、落下速度が速く、ゆっくりと動く首から下はうまく八雲を狙えずもたもたしていた。八雲は落ちてきたグララスの頭へ足に溜ったエネルギーをぶつけた。風船が破裂する音と共にグララスの頭は灰になる。そして、グララスの首から下はコントロールを失いその場で膝を突き崩れ落ちた。


「決着だね……あぁそれと……」


八雲はその辺の小石を持ち、近くでハエの如く騒がしい小型ドローンへその石を投擲した。小石が命中したドローンは同時に爆発し木っ端みじんになった。


「データの盗難防止、か……アフターケアもバッチリというわけか。」


影も形もなくなったドローンを見てそうつぶやきながら一狼と月下の元へと近づく。二人とも背中が小さく起伏しているので眠っているだけと認識し、そのまま二人を担ぎ上げる。数時間かけて下山し、帰りはどうするかと道路に出て考える。とりあえず車を停めていたところまで歩く。丁度ローズマリーの使いが手配したレッカー車が見えてくると使いが急いで近づいてくる。


「八雲さん!大丈夫ですか?」


「あぁ、問題ない。私よりこの二人を診てくれ。」


一狼と月下を降ろすと八雲は近くで座り込む。


「はぁ、疲れた。」


「お疲れ様です……一狼さんと月下さんのバイタルには問題なしです。月下さんどうしましょう?」


「ん~…とりあえず二人とも事務所に連れて行くしかないな。車を出してくれ。」


使いが数人返事をすると一狼、月下、八雲の三人はワンボックスカーに乗せられて事務所へと向かった。


────────────


夜が明けたのか朝日が頬を温める。ふかふかとした毛布を握り、いつ家に帰ったのか記憶を探るが、記憶がない。ということはここは私の家では……ない。慌てて起き上がり辺りを警戒し見る。鼻孔がディウスの匂いに反応し余計に警戒する。ベッドを降り、近くにあったベルトを持ちここから逃げる事だけを考える。抜き足、差し足、忍び足で部屋を出て廊下に足を踏み入れる。進んでいくと階段が見えてきて、話し声も聞こえてくる。聞いたことのある声がふたつ。一つはカラスマのもの、もう一つは八雲藤四郎のもの……ということはここはLWOの中ということか……?そのまま進もうとしたその時、背後から物音がした。バレたかと後ろを振り向くとそこには明星…養殖型が眠たそうに眼をこすりながら私と目が合った。今にも叫びそうな顔に私はその口元を手でふさぎそのまま後ろに回り込んだ。そして、そのまま階段を降りて行く。大きな音も立ててしまっていてカラスマや八雲の他にもLWOのメンバーと思しき面々が私の方を見ていた。


「やぁ、おはよう。よく眠れたかい?」


養殖型を捕縛しながら出てきた私にカラスマはそんな言葉をかけてくる。


こいつは頭がおかしいのか?


このまま養殖型の首を絞めれば殺せるんだぞ?


そんなことを思っていたが、ふとディウス以外の匂いが鼻孔に入り込んでくる。紅茶とパンの匂い。テーブルの上に目を向けるとそこには食パンと紅茶が湯気を立てて鎮座していた。そのテーブルに私の生存本能が反応し、腹の虫が鳴く。


「丁度、朝ごはんなんだよ。食べていくかい……と言っても君の分まで用意しているから食べて行ってもらうんだけどね。」



八雲がそんなことを言うとテーブルを囲っていた面々はそのままパンに手を伸ばし食し始める。


こいつら本当にバカなのか?


腹の虫が抗議するように鳴っている。


……仕方ない。


私は養殖型を離し食卓からパンを数枚奪うようにもらい離れた席に座り食パンを食べた。


「どうだい?おいしいだろう?」


「……ふん。」


「ありゃ、こりゃ残念だね。」


「カラスマは距離の詰め方が下手なんだから黙っておけ。今はお互い静かに腹を満たそう。」


八雲藤四郎のその一言でカラスマは黙って食事を再開した。


別に危機感がないわけではなさそうだな。


私は八雲藤四郎の隣にいるドレスを身にまとった女性の視線を感じながら食事をする手を急かした。


続く。

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